法事に行ってきた

昨年の終わり頃に叔父が亡くなった。
この時代としては早めの他界だと思われる年齢だ。

江田島に住む叔父は呉市内の企業を努めあげ、昔はちょくちょくウチにも来てくれてた。
その来てた理由が、呉の街で飲みあげて島へと帰る船が終わったから泊りに来てた…
なーんて事情を知ったのも、亡くなった後に母から聞いて、まぁサラリーマンのいい時代を過ごしたんだなぁと、ちょっと羨ましかったり。

ただ、母は大層可愛がってた弟らしく、訃報を聞いてからは相当悲しんでいた。

通夜も葬式も参列できなかったが、今日の四十九日法要は母のお抱え運転手と言うこともあり、一緒に久しぶりの島へとのドライブとなった。

新しく出来た第二音戸大橋を渡り、快適に江田島の中町へと。
もぅ随分とこちらにも来てなかった。20年近いんじゃなかろうか。大通りから細い道に入ると農協がある。
懐かしい。ここら界隈で親戚が豆腐屋を営んでて、子どもの頃、その豆腐を作る様子を見るのが好きだったな…

そんなことを思い出しつつ、叔父の家へと到着。
久しぶり会う親戚や従兄弟。懐かしい。みんな歳をとってる。あ、自分もか。

お坊さんの歌うように読み上げるお経。
この歳になっても仏教方面に全く詳しくないんだが、浄土真宗のお経って音階があるよね。

配られた経本に書かれている漢字の横にひらがなでの振りがなが書かれてて、さらにその横に横棒や、右上がりの棒、右下がりの棒。その棒の長さにも意味があり、またクネクネっとなった記号みたいなのもあり、それが音階や長さを表してる。面白い。本当に歌っているようだ。

行のアタマに ● が書かれているとこは坊さん一人で読み、次の行には ∴ が書かれていると、そこからは全員で読みあげる。面白い。
ぃや、面白がるのは不謹慎な時と場合なんだけれど、今まで浄土真宗のお経を読んだことは無く、こうやって自分で声を出して読むのは初めてだった。

その記号のお陰で、周囲の年配の方々とほぼ同様にお経を上げることが出来た。

ふぅ~。

お経を声に出して読めるようになったり、近い親戚、遠い親戚ともそつなく会話しつつお膳を頂いたり。自分も年を取ったということだな。

帰りも母との久しぶりのドライブを楽しみつつ。暖かな日差しの中、瀬戸の海沿いを走りつつ帰宅。
忙しい日々の中、ちょっと気分が癒された気がした1日でした。

2件のコメント

  1. 仕事がら、葬儀参列が多いのもありますが、真宗、禅宗、神道、その他いろいろ参列して、またお寺さんによって今日は経本のここ。みたいなのが有るから毎回違って^_^;
    何回行ってもドキドキしたりします。
    次第に同級生の親とか親しい人の家の葬儀なんてのも増えて、自分の年を実感しますよ。

  2. yoshi さん

    そうですね。yoshi さんはお祝い事もお悔やみ事も多そうで大変ですね。
    結婚式からは縁遠くなり、お葬式が増えるあたり、自分のトシを感じる今日この頃。
    キリスト教のお葬式に出たことは無いですけれど、どんなんかなー。

    親しい方と来世での再会を約束しつつ、ご冥福をお祈りする次第です。

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