コロナ陽性になってました

まぁこんな経験も二度と無いだろうから、自分自身の記録って意味も込めて書き残しておきます。

2022年12月
11日(日曜) いつものように朝から晩までサイクリングやってました。

12日(月曜) 朝から何だか喉に違和感を感じたので、職場同僚との会話も一度きり。もちろんマスクは常時していたし、デスクはパーティションで仕切られていたので職場へは最大限の配慮。この日の夜から、自宅では自分ひとり2階部屋での就寝が始まる。

13日(火曜) 今の時代を象徴すると言っても過言では無い「テレワーク」就業。午後に体温を測ると37.6℃。

きたねぇ~…
とあるネット情報によると日本人の平熱は36.8℃らしいが、自分は平熱がとても低く、多くの場合35.1℃。時には34.9℃の時もある。37.6℃ってことは自分にとっては高熱なんだよ。やべぇ…

14日(水曜) 仕事を休んで、朝からかかりつけの病院に行く。医院建物の裏手に建てられたプレハブ小屋に通され、問診・検温など。
自覚症状は軽い喉の痛みと37℃台の発熱だけ。いわゆる軽症。

そして噂には聞いていた、綿棒で鼻の奥をグリグリされる抗原検査ってのを初めて受ける。綿棒を持った医師は「ちょっと待っててね」と言って小部屋から出て行った。
が、ものの1分もせずに小部屋に戻ってきて「コロナ陽性ですね」って言われた。

はや!

インフルエンザと新型コロナの両方を一度に検査できると言うヤツ(大塚のクイックナビ)で、コロナを示す部分に線が出ていた(しまった、画像を撮っておけば良かったな…)。

来たかぁ~、そっかぁ~、来ちゃったかぁ~…

医師:コロナの薬ってのもあるんだけど、軽症そうだから飲まなくていいとおもうんだけど、どぉ?普通の風邪薬でいいと思うんだ。どぉ?

え、どぉ?って言われても…

こなき:あ、普通のでお願いします…みたいなw

ってことで、フツーの風邪薬(トーワチーム配合顆粒って書かれてた)と熱冷ましのカロナールってのが処方された。

奥さんにクルマで送ってきてもらってたので、妖精に進化した旨を告げ距離をとる。隣接の薬局から薬剤師さんがフツーの風邪薬をクルマまで持ってきてくれた。

薬剤師:コロナ陽性なので薬は無料です

え?そうなの?これが2類ってことか!?
無料♪ってのに浮かれて帰宅していると病院から着信あり

病院:クスリはタダでも、診察料は払って頂かないと…

あ、そうでした。すっかり忘れてました💦急ぎ病院に戻る。タダに弱い日本人。

帰宅。さて、ここから長丁場が始まるな…
会社にメールする。妖精になりました。

上司からExcelのフォーマットが送られてきた。陽性2日前からの行動と体調をこのフォーマットに記録しておくように。これから10日間ほどそれを継続との指示。へいへい。

同僚には手間を掛けて申し訳ない。ただ、ずっと家にいるので、何かあればメールでも電話でもで問い合わせて欲しい。

さて、自宅2階部屋での本格的な隔離生活が始まった。
会社のPCが2台。自分個人のPCが1台。計3台のPCを持ち込んだ。

いままで大きな事故や怪我、病気を経験したことがなく、入院とか手術とか全く経験が無い。なので「二週間くらい入院して骨休めしたいモンだわ」なんて常々言ってが、まさしくその二週間の骨休め(違うよ!)が爆誕してしまった。

医院で「明日あたり呉市からメールが来ますから」ってのが、SMSで届いたHER-SYSってシステムの利用開始案内だった。

体温/酸素飽和度(SpO2)/表情・顔色/咳・鼻水//息苦しさ/全身倦怠感/嘔気・嘔吐/下痢/意識障害/食事困難/排尿がない/その他保健所への連絡事項
これらを毎日自分で入力して行くシステムだ。入力を督促するSMSは毎朝9時10分頃に届く。

自宅2階部屋に2週間の隔離生活中、トイレが2階にもあるお陰で奥さんとの濃厚接触は避けることが容易だった。食事は部屋の扉の外に置いてくれたのを非接触で受け取る方式。

奥さんが仕事に行ってる間に少しだけ1階に降りることもあったが、それも必要最小限に留める。

近隣の小学校から子どもたちの声が聞こえてくる。
あれだね、時代だね。休憩時間に校庭に出てきた子ども同士の最初の挨拶が『お疲れ!』。子は親を映す鏡とは良くいったもんだわ。

奥さんには本当に手間を掛けたよ。ありがとう。

体調記録を要約した表を以下に…

こんな感じで本当に軽症だった。
軽症で済んだのは、日頃から自転車に乗っていたお陰だと信じたい。うん。

家庭内隔離のお陰もあり、奥さんを妖精に進化させることもなく。毎日が過ぎていく。
毎朝届いてたHER-SYSの登録督促SMSも12月21日を最後に来なくなった。
もう療養期間が終わったってこと?

呉市のサイトには、こう書かれている…
発症日から7日間経過し、かつ、症状軽快後24時間経過した場合には8日目から解除が可能となります。

ふむ。ってことは12月20日にはもう軟禁は終わって良いのか…
誰からも「終わり」の連絡は来ないので、もう終わったのかどうかがわからない。自己判断でえぇんかな? これが迷ったポイント。

12月27日から出社することになったが、この日が職場としての年内最終出勤日と言うね。なので、年末年始休を含めると20日ほどゆっくりさせてもらったわ。

で最後に…
2週間の隔離生活が骨休めになったのか?
って話だが、まぁ骨は休まったかも知れないが、気は休まらんかったね。
部屋から出れないってのがこんなにもストレスフルだとは思わんかった。まぁ、良い経験をさせてもらったと思おう。

その後の後遺症が気になってたんだが、大きくは症状はない。
でも、なんだかしんどい日々が続いた。
そのしんどさってのも、めちゃめちゃしんどいって訳でもなく、なんとなくしんどいんかなぁ~…ちょっと疲れやすくなってる気もするなぁ~…程度。1月いっぱいくらいそんな日々だったように思います。

以上、記憶の糸をたぐり寄せながらコロナ体験を書き綴っておきます。おわり

続・リフォームな我が家

えー…こちらのブログで紹介頂きました、私が有能な職人ですw
この家も早いもので築25年だそうで…あちこちほころびも目立ち始めました。

劣化が激しいのは外壁。
ほぼ毎週末、業者さんが飛び込み営業しに玄関チャイムを鳴らしてくれます。

次に気になるのは台所。

日々の料理を生み出しているその場所…

ダメージを与え続けてくる熱、水、油…

特に頻繁に手が当たる場所、取っ手廻り

この壁紙の割れ目に爪が刺さって痛いとの訴え。

本職に頼んで張り替えてもらうのが正攻法。
その法に頼らず、自分で何とかしようとするのが有能な職人(違う)。

何か良い手はないものか…と、ネット俳諧してて辿り着いたサイト。壁紙屋本舗。ここの品揃えが施主さんのご意向にマッチしそうなので、サンプルを2種類(40円/枚)を取り寄せてみた。

A4サイズのサンプル生地。現地にあててみて検討し、選ばれたのは左側の模様。早速注文。生のり付き壁紙と道具類一式で9,999円。
コロナで自宅にずっーといた6月初旬にそのモノは届いた。

納品されてきた梱包の段ボールがオシャレと言うかサプライズがあって良き良き!内側に模様がある箱ってなかなか珍しいよね。

壁紙は「生のり付15メートル巻き」って思ってたよりも重い!
これが糊の重さか…

そして、何よりのアドバンテージは必要な道具もセットで購入ができるところだ。

ハケ、ヘラ、ローラなど…個別に買うとなると、これだけを揃えるのすら素人には既にハードルが高い。名付けて初心者セットとな。

ではさっそく取っ掛かりましょうぞ。
先ずは簡単(そうに見える)吊り戸棚から。取手が無いのっぺらぼうだから手始めにコイツからだ。

上下2箇所のヒンジ部分のネジを回すだけで簡単に扉は外れるし、古い壁紙はあっと言う間にペリペリと剥ぐことができる。

ノリが25年の時を経てすっかりしっかり硬化してしまっているものと思われる。素地の木質さんこんにちわ。

壁紙一式についてきた「壁紙も貼り方完全ガイド」〜今日からあなたも壁紙職人〜みたいな、本物の壁紙職人が見たら怒り心頭なwマニュアルを斜め読みにしてしまういつもの悪いクセ。

さて、やらいでか!

扉の大きさよりひと回り大きめに壁紙をカット。
この壁紙「生のり付」と言う風に言われてて、この「生のり」ってのが実物を見るまで良く分かってなかった。

漠然と「シールのような感じ」なのかな…程度に考えていたが、全然違った。

何だろ、何と書けば伝わるだろう。
障子を張り替えたことがある人なら、あの障子を貼る時の糊。
何なら洗濯する時の洗濯のりとでも言える感じの糊がベットリと厚さ5ミリ均一に壁紙の裏に塗られているんだ。

そのべっとり糊が壁紙のオモテに付かないように透明ビニールで封をしている感じ。そしてその透明ビニールには切り取りの目安に方眼のマス目が書いてある。至れり尽くせりだ。

透明ビニールを剥がして行く。

そろーり扉に載せていく…
模様には天地(上下)方向が指定されているので間違えないように…

載せたら板と壁紙の間に入った空気を押し出すようにハケで中から外に軽くしごいて行く

この時、うっかりチカラを入れすぎて壁紙に穴があいてしまった。失敗。
ノリの水分で壁紙の素材も若干「コシ」がなくなっているようにも感じる。
もっと丁寧にしてやらんとならんな。

1枚目はお釈迦にしてしまい、リトライな。

さっき失敗したのはコーナー部分。カド部分は優しく。

次に、裏返してはみ出ている部分を「地べら」と言う名の大きなヘラを当てがいながらカッターで切って行く。
カッティングボードは、たまたま捨てようとしていた古いまな板があったので、これを使用する。丁度良かった。

出来た1枚目。元の場所に戻してみる。

どうだ!
施主様のご意向確認だ。

おぉ〜!えぇ感じじゃない!!

そうですか、そりゃ良かった。

吊り戸棚2枚終わるの図。
ん〜…柄からして、どこが扉の「開く部分」かが分かりにくくなるな。まぁそれは大したことじゃない。

あと、扉1枚1枚貼って行くのに「柄合わせ」をある程度は意識したいところだ。縦スジの線と線があんまり近付き過ぎないように。まぁ、そこんとこはデザイン面でも考慮されてて、縦スジの幅はわざと均一になっていない。これなら楽だ。

吊り戸棚4枚分を貼り終えて小休憩。
改めて「貼り方完全ガイド」を読み直してみる。

いやいやいやぁ〜…
このガイドは壁一面を貼り直す手順で書かれているが、綺麗に仕上げる自信はワイには無いぞ。絶対こんなに簡単じゃないぞ!

と、もはや後戻りできない所まで来てしまっている今の自分の立ち位置を再認識しつつ、やるっきゃない!と改めて気持ちを奮い立たせる。
よしゃ、後半戦の下半分に突入!

キッチン下側の扉は枚数が多いし、引き出しもある。やることはもう繰り返しだ。習熟度…いや、経験値も上がってきて、要領を得てきた。

この美顔ローラーのようなの「ジョイントローラー」と言うようだが、手順書の中では壁紙と壁紙の継ぎ目をコロコロすることで目地を目立たなくさせるようにあるが、自分は壁紙の下でブニュブニュと余っている糊を押し出すのに使用している。
そんだけ糊の量は多い。コロコロとローラーを転がし、糊をはみ出させ、はみ出た糊は濡れ雑巾で拭き取って行く。

如何でしょうか、施主さん。

今回、壁紙を貼り替えるのにあわせて取手も全て新しいものに交換した。
取手はカインズ広島まで調達しに行ったんよ。こればっかりは現物を見ないと分からんからね。

壁紙のデザインとの相性もなかなかではないだろうか。
施主様、たいそう嬉しそうで何より。

1週間後…糊が乾いたのを見計らい、ちゃんと貼れてない部分に糊を補充したり、はみ出た壁紙部分を切り取ったりする手直しを行って完了。

素人が1万円でここまで出来るんなら、DIYも悪くないんじゃないかね。

しかし改めてYoutubeに出ている貼り方ガイド動画を見てみた。

いやいやいやぁ〜
森泉じゃないんだから、こんな簡単に出来んけぇ…マジで。
広い面積の張り替えは本職に任した方が仕上がりは綺麗よ。
それか、何度も失敗して習熟度を上げて行くかじゃね。
こちらは小さな扉12枚分の張り替えだから、まだ何とかなったよ。

さて、15mの壁紙はおおよそ半分余りました。

付いてきてる説明書に「壁紙の保管は密封状態で約2〜3週間です」と書かれている。生のりが乾燥しちまうもんな。

なので、この先はもう使う予定が無いので切って廃却だ。
庭に出して長手方向にハサミで3分割。燃えるゴミの日に別れを告げた。

キッチンの内側、リビングからは見えない部分と言う、多少のアラがあっても目立ちにくいから自分でやってみようと思った今回の壁紙貼り。
慣れた頃には終わりと言う、これまたいつものパターンだわ(笑)

でもまぁ最終的には自分でも結構上手に出来たのではなかろうか。と感じており、自己満足度も高め。
しかし改めて壁紙職人本職の凄さを再認識したプチリフォームでした。

2020年GWまでの出来事

え〜またまた時間が開いてしまいましたが、皆さんご存知の通り、新型コロナウィルスの影響で世の中が大変な事態に陥っております。

5月3日時点で私の住む呉市内でも1名の感染者発生報告が出ておりますね。

2020-05-03 時点情報

そんな世相でありますが、自分こちらの方は既に報じられております通りの就労先企業が3年後に閉鎖されてしまうこととなり、おやまぁこりゃ困った問題も勃発しており、コロナ問題も合わせて自分マインド的に↓↓↓であります。

いわゆるダブルパンチってヤツですね。

この就労先企業が4月に吸収合併されちまうってことで、かねてよりシステム的な移行作業を昨冬から進めてきててそのサービスインが4月1日。で、タイミング合わせたかの如くにウィルス騒ぎwもあったりしててテレワーク対応も加わったりでもう過労死寸前であります(個人の感想です)。

テレワークなんて簡単に言うけれど、その舞台裏でどんだけ苦労してんのか分かってんのか!?インフラ屋は大変なんだぞ!!

そんなこんなの強制ダイエットが行われた結果、体重は2キロほど落たわ。まぁPCの大量更新なんかやるといつも3キロほどは体重落ちてるから、慣れっこっちゃ慣れっこなんだが。そしてこのGWで戻したから全然OK!!w

ブルベの方もAudaxJapanから正式に8月末までの開催自粛要請も出まして。

その判断以前にゴールデンウィークに開催予定だったBRM502呉舞鶴1000Kの中止判断も下してたのですが…

嗚呼…諸行無常…
しかし思うのは、自分は1000キロにつくづく縁が無いんだなと…。

過去に2回出走した1000キロBRMはミスコースによるタイムアウトDNF、残り70キロで父が亡くなりDNF。
開催の方では2018年の呉舞鶴1000Kが台風で中止、同一コースでの今年開催がコロナで中止。

唯一の1000キロは2017年の四国1000Kでドロップバッグ車を出した時。あれは走ってないが色んな意味で大成功したBRMだったと今でも思っている。
懐かしいのぉ〜、あの時は楽しかったのぉ〜、あれを超えるBRMを開催することが自分の目標であり、それを目指しての今年の呉舞鶴じゃったのにのぉ〜残念極まりないが仕方ないのぉ…ここまでにどんだけ準備してきた思うちょるんな…

そんなこんなで今年のGWはStayHomeで家にいるばかり。
え?こっそり近所を乗るくらいは良いんじゃないか?って??

勿論それは思ってる。だけど一応はAJ広島の副代表って肩書きを持つ身。
ちょっとだけ走るのが、色んな意味での燃料になり得ることも十分に理解しておるので、そこはじっと我慢。

Zwift環境もあるにはあるんだけれど、どうも楽しめなくて…
そんなこんなでもう随分とロードには乗れて無いっす。乗ってるのは通勤ピストのみ。

と、ここまで愚痴モードでしたが、前回記事から今ままでの出来事を振り返ってみましょう。

3月初旬

AJ広島特製バーエンドプラグ

昨年開催したFlech HIROSHIMAの完走認定証(?)の返送にあわせ、メモリアルな品を…と、思ってオリジナルのバーエンドプラグを製作しました。

製作をお願いしたのはセカンドワークさん。

セカンドワークさん

セカンドワークさん、その節には大変お世話になりました。
プラグの中身と台紙のデザインを担当して頂いたのは、AJ広島もう一人の副代表・福ちゃん。いつもセンスの良さに助けられています。こちらもありがとうございました。

3月下旬にはMacBook Airが来ました。

MacBook Air

自身初のMacOS機であります。このブログ記事もMacで書いております。
何でMacを買ったかといいますと、今までMS-DOSの頃からずーっとMicrosoft製品を使って来ました。Hyper-VもVMwareですら…しかし、Macは全くの未知の領域です。仕事環境がこの先どーなって行くのかが不明瞭な今、そしてその時まで3年ほどはある。今までの自分の歩いてきた道の延線上において、自分の価値を少しでも高めることができるんじゃないかと思える部分に投資して行くためです。

その投資には、ここにはまだ書けませんが別の領域での投資も考えております。諦めるのにはまだまだ早すぎるお年頃。ちょっとやそっとじゃ凹む訳には行きませんゼ!!

4月初めの怒涛の期間を過ぎれば結婚記念日。
去年は広島市内のいいホテルで豪華ディナー食ったんですが、あれはある意味先見の目があったんだろうかw 今年も考えていたんだが、外出はせずお家でひっそりと。

パール婚

早いもので結婚して30年になりました。
過ぎてしまえばあっという間だったようにも感じます。いろんな事がありました。振り返ってみると、子の成長期、犬のコロ君が居てくれた時期が大変だったけれど、人生で一番充実していた時期なんだと思い返されます。
その時はその中にどっぷり浸かっってて分からなかったけれど、過ぎし振り返り見れば、あぁあの頃が一番幸せだったよな…って思えるお年頃になってしまいました。

ひと言で言えば人生のピークは過ぎてしまっていたのです。

今からは妻と二人暮らし。あの頃のような若さは無いですが、また昔のように二人でこれから先も歩いて行くですね。

ゴールデンウィークは外出自粛につき、子どもらも参加しましての庭BBQ。

GW BBQ

今回は息子の彼女も初参加。
これまでとはまたちょっと違った意味もあったりしつつ、ステイホームな1日を過ごせましたな。

そしてそれ以外の日も庭で過ごす。
いつかやろうは馬鹿やろうってコトバがありますが、3年前に鉢植えしたレモンの樹が大きくなったので、地植えしたいと常々思っておりました。

Before

自転車に乗れない分の時間があるので、この期に移植しちまおう。

After

何故かアジサイが3本あるので、2本を移植してその跡地にレモン樹を地植え。
昨年も沢山の実をつけてレモンケーキなぞ焼きましたが、今年もまた実がなるのが待ち遠しい。

上の画像に写っている犬のコロ君のお家は、名残惜しい気もまだあるものの解体し、今週末の粗大ゴミの日に出してしまおう。

そんなこんなで3月29日以来、全くロードには乗ってないです。

本日の報道によりますと、5月11日以降は部分的にでも徐々に休業要請が解除されて行くとのこと…まだ完全に元に戻る訳ではないですが、ちょっとづつでも終息に向かっていると思いたい。
そしてまた遠慮なく自転車に乗れる日が待ち遠しい。

次のここのブログ記事は明るい内容が記述できることを期待しつつ。

おかえり呉線プロジェクトに参加してきた

自身にも大きな影響があった今年の平成30年7月豪雨災害。
その影響で長らく停まっていた呉線全線が復活するのに合わせ、動画を撮影するプロジェクトが始動しているっぽいTweetを見かけたので、これは参加せねば!

経緯は何となく知ってた。
あの有名な九州新幹線開通動画があったよね。あれと同じことをやりたんだな。

よし。
事情は分かった。
呉線全線復旧は12月15日か。

内心:またこのクソ忙しい時期に…
仕事ピークだしキャビアの件もあるし…

なんで、大した仕込みする時間もなく、手近にある材料で30分で仕上げたネタがこちら…

どっかで見た言うな!どっかでって!!(笑)

で、どこで手を振るかも決めてた。
広駅近くの踏切。白岳第2踏切ってのが正式名称のようじゃけど、昔っから「福浦の踏切」って言いよった場所。

GoogleMapで見たら、ココね。

この踏切には思い出がある。
子どもの頃…そう40年以上も昔の話だ…
今では信じられないが当時呉線にはSL(蒸気機関車)がまだ走っていた。
客車が電化されてたんかどうかは定かではないが、SLが貨物列車を引いてたような記憶がある。
広駅も当時は貨物の扱いがあり、その貨物貨車を操車するのにSLが福浦踏切を何度も往復していた。そのSLが行き来する様を父に連れられて幼少の頃、見に来るのが大好きだった。

何もかも懐かしい…

なので、この度の声援もココから送ろうと決めてた。
当日の運行スケジュールはこちら…

広駅に15時54分到着か。
そのちょっと前に行けばいいな。

サイトの方に「事前に手を振る場所をメールしてくれたら助かります」な旨書かれていたので、「広駅に入る直前の踏切でスタンバってます」メールしておいた。

午前中に現地を下見。よし。
10分前くらい前に現地入り。インスタフレーム持ってw

既に数人の方が待っておられる。やはり皆さん考えることは一緒ね。
ご近所のお母さんと娘さんと思われるお二方。
当方インスタフレームにメチャ反応(笑)

ま、ともかく列車到着時間もうすぐなので用意しましょう。
列車は右手、仁方方向から来る。

15時53分
来た、瀬戸内マリンビューだ!みんな手を振る!!

は、早い!
あっと言う間に通過しちまった。

駅に入る手前だから減速しているだろうとのヨミは甘かった。
どんくらい早かったかと言えば、こんくらい

ホントに一瞬だった…

まぁ仕方ない…
列車通過後、インスタフレームに反応頂いたお母さんと娘さんがフレームに納まってスマホ撮影。書いてある文言は無視してください。特に意味の無いものですからwww

で、数日後…
おかえり呉線総本山より公開された動画がこちら

エェね…。涙無くしては見れないね。
九州新幹線CMはプロが長い時間を掛けて製作したもの。
対してこちら、有志数名が自力で製作したもの。相当な出来に仕上がっとると思うんはワシだけじゃろうか。ん?

知った顔もあちこちに写っとるね。みんな嬉しいよね。
で、ワシの出番じゃが…2分20秒のとことで一瞬…(笑)

良かった…
謎の文言判別不能でww

「おかえり」の文字すら難読だろ!

あ、スンマヘン(*´ω`*)
もう少し後ろに下がってた方が良かったかも…ですね。

何はともあれ呉線全線復旧おめでたい。
また尾道まで輪行できるし。

あ、尾道まで輪行と言えばJR西にご一考頂きたいのは、土日祝の昼間だけでいいから呉線でのサイクルトレイン化は出来ないものでしょうか。
どっちみち利用者ぶち少ないじゃん。呉線改め(?)瀬戸内さざなみ線って。
船みたいに追加料金取ってでも自転車乗せることが出来たらえぇんじゃが、どうじゃろか。

ま、そんなことより沿線住民の大事な足がまたひとつ正常化したのは素直に喜ぶべきです。

おかえり呉線

先日、竹原界隈までチャリで行く機会があったんですが、まだまだ道路沿いの斜面では崩れたまんまの箇所が沢山ありました。
とりあえず道路の土砂を撤去しただけ。斜面は砂地が露出したまんま。

完全復旧には、気の遠くなるような時間が必要なのかも知れません。
でも一歩ずつ元の状態に戻ってきています。

被害に遭われた方々もどうぞ、ちょっとずつ元の生活を取り戻されてください。

雨は上がってます 呉市

ウチの奥さんがチョウザメだった件

今年は本当に色々とあった1年でした。
4月の熊本Fleche参加&息子の巣立ち
5月にコロ君が亡くなり
7月に豪雨災害
9月は益田INAKAライドと台風による1000kBRMの中止
10月の600k。

そして12月…
ウチの奥さんの入院・手術が今年最後にして最大の出来事だったかな。

あ、何で入院したか具体的に明かしてなかったですが、入院の原因は 石。
いわゆる胆石ですね。

やったことは腹腔鏡下手術って言う方法での胆のう摘出。
小さな穴を数個オナカに開けてそこから棒(?)を入れて胆のう全体を取り出すと言うね。

胆のうって食べたものを消化する胆汁が出るところなのに、取っちゃって大丈夫なん?って思ったけど、胆汁そのものは肝臓から分泌されてて、胆のうはそれを一時的に貯めとくタンク的な役割だから、まぁ無くても大きく支障が出る臓器ではないんだって。

へぇ~…そーなんだ…

その手術に先立ちあれやこれや沢山の検査しましたわ。胆のうが悪いだけでそれ以外の場所はどっこも悪くないよね?って証左を取るらしく検査検査検査。

で、入院期間は12月初めの火曜入院→水曜手術→日曜退院。

はや!

昔のようにおなかを大きく切る開腹手術ではないので、1週間くらいで退院とは言ってたけど、実際6日で退院するとは早すぎて、ホンマに大丈夫?ってこっちがちょっと心配になるくらいだよ。

手術室に入るのも歩いて入ってたし、
手術室から出てくる奥さんは、麻酔が効いた状態でヘロヘロになって出てくるのかと思いきや、会話は普通にできる状態だったし。

その後の看護も完璧に看護師さんが何から何までやってくれるので、見舞に行っても話し相手くらいしかすることも無く。

スゴイね。医学の進歩だね。

術後、医師からの説明があり手術は無事成功した旨と、取り出した胆のうの写真とフィルムケースのような入れ物に入った胆石そのもをもくれた。

取り出した胆のうの写真はリアルなので、ちょっとこの場での公開は躊躇われるのでUPしませんが、大きさや色形のイメージとしてはタラコ。

画像はイメージです
画像はイメージです

そして、ケースに入ってる胆石は…黒くて小さくて…

まるでキャビアだわ!

50個くらいありました。
と言ってたが、実際手元にあるのは大小あわせても20個も無い。

胆石に付いている液が胆汁で、液が黄色いのはうんこの色だからです(*´ω`*)
だって。ナルホドですね。

ネットの画像検索で胆石を調べると、ニンニクの醤油漬みたいな画像が検索されるのでそれをイメージしてたが、実際はほぼキャビアだった。
医師曰く、色んな要因でできるらしく色や形も色々あるんだって。

この記事を書くために1個をケースから取り出してみた。

奥さん初!
奥さん初!

お湯で洗ってみたら黒と言うよりも、深緑色だった。

ま、そんなこんなで長年かけて育ててきた石を無事に摘出しまして、1週間経過した今もまだ術後の痛みは残っているものの、その痛みも日々減少してて着実に良くなってきているようです。
食べるものも、まだどのくらいが自分の限界値なのかが見えてないようですが、通常の食事は出来ています。

多くの方に「奥さん大丈夫?」って言って頂き、ご心配頂きました。本当にありがとうございます。本当に有難い限りです。
お陰さまでほぼ元通りの日常が戻りつつあります。
これで今年のイベントは全部終わったよね?もう何も無いよね??

来年は元号も変わることですし、いい1年になって欲しいと心から思います。

AJ広島 忘年会

もはや毎年恒例となりつつある、11月23日勤労感謝の日はAJ広島の忘年会!
ま、恒例って言ってもまだ2回目なんですがね…

勤労感謝の日の意味は『勤労をたつとび、生産を祝い、国民たがいに感謝しあう』ことらしいが、ランドヌール・ランドヌーズ達にとっては、数百キロもの道のりを昼夜問わずに走り続けることは、勤労における社畜化ともはや同意であり、今年一年を大きな怪我や事故もなく無事に終えられた喜びを共に、そしてメダルをまた1枚ゲットできた喜びを称え合い、来シーズンもまた走り続けることができることに感謝しあう日でもある(意味不明)。

開催場所ももはや恒例化しつつある広島駅前。
去年と違うのは、今回は福ちゃんの提案でじゃんけん大会が開催されたことかな。
え?
AJ〇岡のパクリじゃないかって?
さぁ、私はAJ〇岡の忘年会に行ったことが無いので、何のことだかサッパリ…

そんなこんなの第2回AJ広島忘年会の様子ですが、私が記述する前に奥さんが事細かくUPしましたので、そちらを見てみて。

じゃ、またの!

10月! JUMP

ども

なんやかんやで10月は1回もブログ更新できなくて気が付けばもう11月。早いもんです。

先の記事がBRM927の1000Kが台風到来で中止になった旨でしたね。それ以降、仕事が忙しくなったり、奥さんが入院したり、次のブルベの準備が忙しかったりと、なかなかブログを書く時間が取れなくて、ズルズルとここまで来てしまいました。

この1ヵ月間で最も時間を割いたのはやっぱりBRM1027 Around Hiroshima 600kの関連だったですかね。

丸っと広島600キロ
丸っと広島600キロ

上の画像も何度も使い回してるのでウンザリ気味ですが、コース担当としては試走やらなきゃですね。
ブルベには認定試走と言うものがありまして、開催の2週間よりも前の日以降に実際のコースを同じように走って完走すると、開催日当日に完走したのと同じ認定を得られる訳なんですね。

なので、2週間まえの10月13日~14日でソロ試走に行ってきました。
気乗りしないまま、朝6時に須波を出発。

そう、どうも今日は気が乗らない。
途中でDNFしようかと何度もアタマをよぎる。実際、自宅のスグ近くも通るのでそれが一因かとも思ったが、自宅を過ぎてもどうもイマイチだ。

そんな気分のまま広島市内へ入り、オンルートで平和公園を通過しようとしたところ、目の前を横切る男性が!
あ、もうひとり!!

サプライズ応援!
サプライズ応援!

おぉ!
心の友、ケーキさん&たっかんさんじゃないですか!
GSPの位置情報共有掛けてるから、タイムリーに応援戴いて感謝感激。
仕事抜けてきました感溢れてるのは、あんまり触れんとこうねw

ここまでテンション下がったまま来ましたが、お陰でテンション↑↑↑
もうゴール楽勝な気分しかない(単純かよ)でもホンマに有難かった。
さぁ、大竹向いて行きますゼ。

 

正午に大竹到着。

夕方に戸河内まで行き、

フォトチェックの静馬商店に着いた頃にはもう真っ暗。
夜になるにつれ気温が下がりこの時点で7℃。

ま、普通に寒いですわな。
それも想定内でウェア類を充実させてはいるが、やっぱり寒いわな。

ソロだし真っ暗だし、気分が上がる材料はどこにも転がってない。
PCに行っても誰もいないってのは、結構寂しい。
雨が降らないのだけがせめてもの救い。

事前にクルマ下見してたし、Googleストリートビューも散々見てきたけれど、いざ実走になるとやっぱり道に迷う。
千代田の町中を迷走。PC3のセブンイレブンが見つけられない。焦る。折れそうになる。

事前に息子にLINEで「土日で県北の方をブルベの試走で走ってくるから、もし走れなくなったらピックアップ頼むわ」と伝えてたので、非常に連絡したくなる。
あぁ、もぉエエわ…

だが、全ルート試走しとかないと、こんなコースだから2週間後に皆さんに安全に走って頂くためには、何としても確かめておかねば…。
その1点だけでDNFの思いを断ち切る。

そして眠くもなってくる。
昨年のグルメフォンドでスタート地点だった道の駅とか立ち寄ってみるが、仮眠できそうな場所が無い。

いや正しく言えば、
「仮眠に適した寒さをしのげる場所が無い」
と言うべきだ。

ここどうかな?
って入ってみるところもあったが、足元が鉄板だったりして冷える←経験者なら、どこだか分かるねw

三次のPC3に入り食欲も無いが、持ってきたスマホの充電ケーブルが死んでたので充電ケーブルを買う。

TBC本部前を真夜中に通過し、新しい橋を渡って左折した先にパラダイス発見!

新しいコインランドリー発見!
これは寄らない手はない!!

午前4時。
誰もいないコインランドリーで意味もなくグローブを乾燥機に放り込み、300円投入。これで30分はこの場所に滞在できる権利を得たw
そして気を失う…。

乾燥終了のアラーム音で叩き起こされて再スタート。
しかし、明け方ってのが一番気温が下がるよね。

薄ら明るくなってくる午前6時が寒さピーク。気温3℃
場所は高野の辺り。クッソ寒い。
盆地特有の霧も出てて、ウェアがべちゃべちゃに濡れる。

だが、気分にすれば夜の6℃よりもマシだ。
夜の6℃はこの先ずーっと寒いんかと悲観的になるが、朝の3℃はもう少しガマンすれば暖かくなってくると言う材料があるから。

7時半、フォトチェック到着。

あの方が参加すればネタになるかと思い設定したフォトチェックポイントだったが、あの方はお仕事で参加できないと…残念(笑)
えぇんです誰しも仕事優先、家庭優先。趣味は二の次三の次。

その後も県北の山々を登り予定通り走ってきたが、通れない道があった。

通行不可
通行不可

こ、これは…
ネット上のどの道路情報サイトにもこの場所の通行禁止は出てなかった。
やはり直前でのルート確認は大切やね。
この状態を把握できただけで、頑張って試走した甲斐がある。

その後、PC5である東城のローソンに到着したのが2日目の正午。

ここから先は福山へ向けての下り基調と思ってたんだが、あの伝説の油木峠ループを登って以降、緩やかに登って・下ってを幾度となく繰り返す。
自分としてはこの部分が一番キツかったね。

こーゆー緩やかなアップダウンの繰り返しはルートラボ見ただけではわかんないよね。所謂、ステルス峠ってヤツ。

福山に降りてからは町中走行なので楽勝と思いきや、ここに来てパンク。
鞆の浦もおざなりに通過し、福山の町中を抜けるがクルマがごちゃごちゃ多くて疲れる。

尾道の夜景
尾道の夜景

尾道に入ったのはもう夜。綺麗だけど感動も薄い。

須波のローソンでゴールしたのは20時30分。
着くと大先生が待っててくれた。有難い…さすが気遣いの男。これまた感謝感激。

やぁ~自分でひいたルートながら、何ちゅールートやねん!
しかしキツさの7割は寒さじゃわ。
2週間後に走る方には、この試走情報を踏まえた上で走って欲しいので、試走レポを公開した。

で、当日。
大方がDNSやろなーとは思ってたが、エントリー65名に対して DNSが29名。
ほぼ半数が出走しない判断。うん。これはこれで正解だと思います。だって寒いもん。

出走したのは35名。そのうちDNFが16名。

DNFが16名…
寒さ要因が多いんかな?って思う。

バーミッツ付けて出走した方もおられた。
昼間は暑かっただろうけれど、夜間は平気だったでしょう。
ブルベにおけるウェアの準備ってのは大切よね。

何はともあれ、出走各位お疲れ様でした。
DNFでも無事に家に帰るまでがブルベ。

2018年のAJ広島。豪雨があったり、台風にヤラレたりと波瀾万丈でしたがお陰さまで大きな事故・怪我もなく終えることができたのは皆さまのお陰です。
本当にありがとうございました。

リザルト処理を終え、ブルベカードを返送し、やっとひと段落ついたのが今日11月4日。やれやれこれで自分の中でのBRM1027が終わりました。

次は忘年会です。BeeRM1123大須賀。
昨年同様に11月23日広島駅前に集合!
参加要領はこちら

そして来年のコースも着々と準備進行中。
また新たなルートが目白押しです。
ゆっくりするヒマは無いですが、ゆっくりする気は無いのでOKバッチリです。

では大須賀で会いましょう(^^)/

平成30年7月豪雨・災害ボランティアに行ってきた(かなり長文)

最初に:
この度の災害ボランティア参加する意思のある方に向けて、私の経験をかなり詳細に記述します。
被害に遭われた方には、思い出して辛い部分もあろうかと思いますが上記の理由ですので、どうぞご理解ください。或いは、この先を読み進めないでください。

2018年7月12日(木)、たまたま仕事休み入れてたので、くれ災害ボランティアに行ってきました。その日の様子を記しておきます。

Twitterの呉氏垢の情報より、ボランティアの受付が始まったことを知り、サイトで必要事項を確認した。
夕方、念のためボランティアセンターに電話し、集合時間と場所を再確認。事前申し込みなく、明日の9時に呉市役所に行けば良いとのこと。
→ 後日情報によると電話対応もままならないので、サイトに書かれている通りだからいちいち電話してくんな💢ってことらしいw 行く意思の方はつべこべ言わず朝9時に市役所へGoだ!!

特に気を使ったのが服装だ。
こちらのサイトに服装・装備が書かれているのでそれを参考に用意した。

↑ いたる所で目にする画 ↑

長ぐつ、汚れても構わない長ズボンと長そで服。軍手。
ホムセンで新たに購入したのは、防塵マスクと厚手のゴム手袋(テムレス)。
防塵メガネはチャリ用を使用だ。

Twitterでボラ行くことを明かしたところ、中学校時代からの親友かつお氏から緊急着信あって『必要な物資があれば貸すよ』と。お言葉に甘えてヘルメットとスコップを借りた。
災害ボランティア初めての自分はあれこれと質問しまくった。サンクスかつお氏。

当日。

9時に呉市役所庁舎に向かうため、8時過ぎに家を出発。もちろんチャリでだ。
奥さんが昼食用にオムスビを幾つか作ってくれたのと、水分は500mlの水を2本(実際、水分はこれでは全く足りなかったんだが…後述)。
途中コンビニで更にオムスビを3つ購入。保存性の良い梅干入りだ。

9時前に着いたかな、呉市役所庁舎到着。実はこの新しい庁舎は初訪。
隣接の駐輪場は既に自転車で溢れかえっていた。
無理矢理停めて、急ぎ足で庁舎正面の大きな自動ドアから中へ。

驚愕!

既に多くの人が集まっている。

その数、500人以上か。広いロビー内にはとても多くの人が並んでいた。
まず~ぃ…出遅れたか…気は焦るが仕方ない。
一旦奥まで見に行き、戻ってきて列の最後尾に並んだ。

ボランティア受付窓口は、ロビー入って右奥の方だった。人の列は4列に整列されてて入口まで来て、折り返して再度受付窓口付近まで到達していた。

これだけ多いんなら、もう自分の出る幕は無いんじゃないか。もう帰っちゃおうか…って気が浮かんだが、まぁ並んだ。

並んでる人の9割以上は若い人だ。高校生or大学生だろうか。市内高校の体育会系ジャージを着ている人が多いな。
その若い人の中でも、女性比率が圧倒的に多い。女性8割vs男性2割ってところか。これは意外だった。
自分のようなオッサンは僅少。ま、平日だからと言うこともあるんだろうけどね。
服装に関しては多くの女子が部活ウェア。サイトで案内しているようなカンペキ装備組は少なく、ヘルメット持ってるのは更に一部のオッサンのみって感じ。

列の進行は遅い。気分は焦る。
振り返ってみれば、自分は列全体の8割ほどの位置にいたようだ。
受付に時間掛けちゃって、この間にも現地で動くことが出来るだろうに、早くすりゃいいのに…って気分だった、この時点では。

10時40分。ようやく受付窓口まできた。手続きする。
受付用紙に名前、年齢、性別、携帯電話番号、住所を書いたかな。
これとは別に名札シールにカタカナで記名。付箋にもカタカナで記名。
用紙のみを渡し、名札シールは胸に貼り、付箋は持っておく。

この時点で初参加か二度目以降かで振り分けられ、自分は初参加のグループへ振り分けられる。
100名ほどでフロア地べたに座って、本日の注意事項を聞く。いわゆるブリーフィングだ。

内容は気をつける事項などの説明。要点は以下かな
・連日熱中症の人が発生しているので、水分補給と休憩を十分に
・作業は10分毎に休憩すること
・現地での撮影&SNS投稿は厳禁!!

地べたでの説明が終わったら、隣に並べられた椅子に座る。10×10の100人ほどか。
その座った順にグループ分けされる。
9人で1グループだったり、13人で1グループだったり、人数はスタッフ任せだ。
そのグループの中からリーダーが1名選任される。

自分は9名のグループに入る。
ブリーフィング時に近くに座ってた体育会系高校生風の彼がグループリーダを任せられた。

この彼。服装は「この後、海に行くんだ♪」的な、非常にカジュアルな服装で履いているのはクロックス。
服装チェックで参加を拒否されるどっかの自転車イベント(笑)とは違い、装備がアレだからと言って本日のところはお引き取りください。ってことは無いようだ。
だけど被災された方々のためにも、やはり服装はちゃんと意識して行くのがマナーと思う>今後の方へのメッセージ。

持ってた付箋をリーダーに渡す。
リーダーはスタッフから渡された、点呼シートのようなもの(記述内容は不明)を持ってて、それに付箋を貼っているようだ。

グループが結成されたら、最後にアクエリアスを受け取って玄関から出て行く。いよいよ出発だ。この時点で本日の行き先や作業内容は伝えられていない。
玄関先に停めてあるマイクロバスに乗り込み移動が始まる。

彼は数名の男子とグループで参加しており、男子の相互コミュニケーションの常套句である、だりー、しんどい を車内で連発している。
車内では「弁当ってあっちで出るんじゃろ?」とも言ってるのがいる。大丈夫か。

バスは魚見山トンネルを抜け、広島方面へと。予想通り天応地区に行くようだ。
順当にR.31を走行し、天応大屋橋のバス停で下車し天応小学校の校庭へと案内される。校庭には自衛隊車両が多数停まっている。大阪から来てくれているようだ。

先着している他のグループメンバーと共に、タープテントの下で待機し、スタッフの○○ちゃんと言う女性(かなりフレンドリー)から最後の注意事項説明を受ける。やはりSNS投稿禁止を重ねて言われる。そして別の引率スタッフに連れられていよいよ現場入りだ。

天応小学校から国道に出て、横断陸橋渡って、電車の来ない踏切を渡る。渡ったところに、ま新しい天応支所があった。
支所は災害復興拠点になっており、給水や訪れるボランティアのサポート。もちろん被災した方々の避難所となっている。
支所の向こう側、更に低いその一帯には大量の砂が流れ込んでいた。

メディアで連日報道されているのと同じ景色が目の前に広がっている。
建物が流されたりクルマが転覆大破しているような激しさは無いものの、流されてきた土砂の量はものすごい。

一帯の家々は床上浸水した形跡がパッと見ただけで分かる。停まってるクルマにも浸水した形跡がある。

その一帯の一軒のお宅にグループは連れて行かれた。ここが本日の現場だ。
背負ってきたリュックは近くの木陰に置いて、財布だけはポケットに。
家の方に挨拶し、お邪魔させて頂く。

…。

言葉を失う。

浸水の痕は床上、胸の辺りまである。
タンス、冷蔵庫は倒れ、室内の家財と言う家財は真っ黒い泥にまみれ散乱しまくっている。畳もめくれ上がり泥だらけだ。
どこから手をつけていいのか分からない状況だ。

さっきまで威勢の良かったリーダーが動かなくなった。
まだ若い彼らは、私以上のインパクトを受けたのだろう。無理も無い。

これを読んでいる方で、今まで生きてた中で言葉を失う経験をされた方がどのくらい居られるだろうか。
自分50歳。衝撃を受けたことはまぁ無くも無いが、言葉を失うって経験は初めてだ。

家の方はご高齢の方で「家の中の物を全部捨ててください」と言われる。
さて、どうしよう。

出しゃばるようだが、自分が音頭を取るしかないな。
リーダー悪い。君の2.5倍は生きているんだ。指示を出さしてもらうわ。

畳は水を吸って非常に重い。3人で持って外へ。
倒れたタンス重く扉も開かないのでバラす。中から出てきた服は少し濡れているもののきれいだ。家の方に相談し、服は庭の陽当りのよい良い場所に置いとく。

若い彼らは「全部やって」的な丸投げだと何をどうして良いのやら分からないようだが、こちらが手本をやってみせ、じゃあ、これとあれとを出してね。って具体的に指示を出すとそりゃもうパワー全開でやってくれる。そーゆーもんだと思う。

やってみせ
言って聞かせて
させてみせ
ほめてやらねば
人は動かじ

ー 山本五十六 ー

また、このお宅の作業には別の女子グループが入っており、そちは室内や軒先の泥出しをしていたので、そちらにも力添えやアドバイスさせてもらう。

そして、実際に動き始めると忘れそうになるのが、10分毎の休憩。
ブリーフィング時に「リーダーは時間を気にしてメンバーに休憩を促して」って言ってたけど、実際にやり始めるとリーダーもメンバーも休憩を疎かにしがちになる。これも仕方ないと思うよ。

なので、休憩してよ~休憩してよ~と皆さんに声を掛けて回るのもやった。
休憩の時、外の木陰でひとりの学生風女子に話し掛けた。

爺:どーやってこのボラに参加しようと思ったん?学校から行きなさいみたいな通知が来たん?
女子:いえ、そんなのは無くて、Twitterの呉氏垢の募集見て来ました。

だって。えースゴイね。それだけでこんなにも多くの若い人たちが動くもんなんだね。爺としてはちょっと感心するよ。

そして、今日が2回目、3回目と言う女子も居る。
一度やった上でまた来ようと思う。確かに学校が休み期間中と言うのはあるよ。でも、何とかしてあげたいと思う気が本当にあるんだろうね。尊敬するよ。

最近の若いモンは…と爺婆は言うけれど、若いモンってのは昔も今も変わらずいいモンだと思うよ。まぁ、爺婆もそれはそれで昔も今も変わらずいいモンだと思うけどね。

自分はね…
お家の方から、あれこれ頼まれるんですよ。
隣接のちょっと高くなったところから庭に落ちてきているヨド物置を持ちあげられる?
いや、中にどんなモノが入ってるか分からないですし、うんともすんとも動かないので、こりゃユンボ入れんと無理ですよ。
お風呂の開き戸が開かないんだけど、開けれる?
扉がちょっと歪んでるし、浸水で下の方が膨張してるのも影響してるかもですね。壊してもいいんでしたらチカラずくで開けますけどいいです?
えぇ、壊しても構わないので開けてください。

あ、えーっとですねぇ…
 私ですねぇ…普通のサラリーマンな訳なんですよ。
 ちょっとだけ手先が器用なだけで、偉そうにしているオッサンなんですね。
 決してレスキューのプロだとか、そっちのスジの人間じゃないんですね。
 なんでね、過度な期待されちゃっても困るんですよね。
 でもね。ヤレと言われれば全力でやりますよ。
 こーゆーの好きだから。
これは、心の声ねw

持ってきたスコップで扉のすき間からこねくり回して、ヒンジ止めてる木ネジを引っこ抜いて御開帳。
これでいいですかね…。
喜んで頂けましたので、まぁ良し。

屋外で作業してた男子がアタマが痛いと言うので、それ熱中症になる兆候だから、陰で休んで水分とって。マジで。
連日の活動で熱中症が出ているんだって。無理もないと思う。とにかく、頻繁な休憩と水分・塩分補給だいじね。

自分も持参した550ml x 2だけでは全然足りず、現地センターで2本水を貰いましたね。これから行く人は2リットルでも不足気味だと思うので、覚えといて。
あと、食事も合間合間でとるようになるので、お弁当よりもオムスビを何回かに分けて食べるのがいいかもですね。

あと、ヘルメットですね。やはりあるなら被った方がいいですね。
畳がめくれ上がってるってことは、足元から鴨居までの距離が近くなってるのでアタマを打ちやすくなってます。実際、何度もゴンゴンと当たりました。

活動は3時(3時半?)までと言ってた。
午後から始めて、3時ってなんぼも活動できんじゃん!って思った。
でも実際、このオッサンにしてみれば3時間も活動することはできなかった。
作業のキツさもあるだろうけれど、暑さ影響もかなりあると思われる。
ラスト1時間くらいは後方支援(って聞こえはいいが、実のところサボってた)してたんよ(汗;

終盤はみんな疲れてて、女子も「ムリ~、終わりが見えない~」って嘆いてた。や、終わりはないんよ。終わりは3時。できるとこまでやるだけ。達成感はそんなに簡単には得られるもんじゃないよ。って言った。

でも、家の中の大型のものはかなり運び出せたじゃない。軒先の泥溜まりも泥無くなってるじゃない。
全体で見ればまだまだだけれど、部分部分では片付いて行ってるよ。これ以降は明日からのボランティアに任せようや。

2時40分だったか。
町内放送があり、天応地区に大雨避難警報が発令されたと。ボランティアは作業を終了してください。と。
終わりましょうや。撤収撤収。

お家の方にご挨拶し、その場を去りました。

天応支所の前にはま新しい給水車が来てました。熊本県益城町と書いてあります。この1週間、自衛隊や消防や警察など、いろんな車が全国各地から来てくれてます。支援の方々がたくさん来てくれています。本当に有難い限りです。ご支援に感謝いたします。

天応小学校に戻り、帰りのバス到着を待ちます。
前夜から通れるようになったR.31は大渋滞らしく、呉市役所からの折り返しバスはなかなか到着しません。暑い中を皆さんと共にジッと待ちます。

何だかんだで1時間は待ってたと思いますが、バスが来ましてのようやくの帰路です。流れ解散って感じですかね。

市役所の中では、本日参加した人に対してボランティア活動証明書が交付されるようですが、当方にとっては特に必要なものではないので、頂きませんでした。代わりに、本日が賞味期限なのでめっちゃ喰ってってくださいと大量に余っているセブンイレブンの菓子パンを頂いて帰途につきました。

人生初めての災害ボランティア活動が終わりました。
最初はぐっつり1日働く気負いだったけど、2時間もすればグロッキーなことが理解でた。思い返せば、朝の受付があんなにも時間掛かったのも、全く焦る必要ないからですね。受付待ちの早かった人は、早くから現場に入って早めに上がってることでしょう。こちらは遅めに入って遅めに上がる。
恐らくそんなローテーションで回っているんだと思います。

そう思えば、こんなハードワークを朝から晩まで連日行う自衛隊やレスキューの人って、本当に体力と精神力が並み半端ないんだなと、つくづく思った。
ご苦労さまです。

なんで、ひとりの人が頑張るのではなく、なるべく多くの人がまんべんなく参加して被災地の復旧をお手伝いしてあげるのが最善と考えますね。
この記事を最後まで読んで頂いた方、是非、朝9時に呉市役所に行ってください。オッサンでもオバサンでも、どっちか分からない人でも(笑)若い人をマネジメントしてあげることができれば、活躍のステージはあるのですから。

是非!
もう一度、くれ災害ボランティアセンターのリンク貼っときますね。

それと最後にですが被災された方々。
私らは、その日だけのお手伝いしかできません。復旧までのほんのごく僅かなお手伝いだけです。でも、被災された方々はこれから途方もない努力で元の生活に戻って行かれることと存じます。
避難所での生活。クーラー無くて暑い夜を過ごすのはもうストレス以外の何者でもないですよね。いつもの風呂にゆっくりと入ってた日常が懐かしいですよね。急ぐ必要は無いと思います。どうか諦めずに。
その過程のほんの一部分だけでもお手伝いさせて頂けたことに、こちらも感謝いたします。2年先、3年先…にそっとこの地を訪れてみたいと思ってます。皆さんの日常が戻っていることを期待して。

今回のボランティアが最後ではなく、この先もまた参加したいと思ってます。是非。

続・豪雨災害

昨日の記事を書いた後に、色々と状態が改善してきましたので、今後の記録のためにも書いときます。

明日からR.31が通れるようになるって。
安浦方面に行くR.185、仁方のカマタGSのところの崩落も応急処置(?)で同様に明日から通れるようになるらしい。

一気に道路状況が改善されて嬉しい。
業者さんの並々ならぬ努力のお陰と感謝いたします。

実は、どーしても風呂に入りたくて広島市内まで熊野経由で行ったんですが、帰り道の海田から熊野の間が激しい渋滞で疲れました(汗;


のようなTweetをしたりしてた断水ですが、今週金曜の13日から遮断箇所での送水を開始と先ほどTVでやってました。あと数日の辛抱です。

水不足を心配して頂き、親戚から大量の水タンクが送り届けられて嬉しい限り。
マジ感謝!

また、オンライン/オフラインでとっても多くの方から心配の声を頂きまして、本当にありがとうございました。こちらもマジ嬉しい限りです。
当方は「被災」そのものはしてないですから、どうぞご安心を。

で、その被災ですが、同じ呉市内でも甚大なる被害を受けた方々も少なくありません。
そんな方のお役に少しでもなりたいと、ボランティアに行ってきます。

呉市のサイトでボランティアセンターが立ち上がりました。
またタイムリーに明日は仕事が休みです。
なので、明日7/12の朝9時に呉市役所に行くです。

ブルベ界で話題のテムレス。
自分は使ったことなかったんだけど、被災地ボラのために近くのホムセンで買ってきました。

4年前の八木の災害の時にボラ行きたくても行けなかった。
今回、自分の住む町でこのようなことになり、じっとしてられる訳がない。

何をすることが出来るのか全く分からないけれど、できることを頑張ってきます。