おかえり呉線プロジェクトに参加してきた

自身にも大きな影響があった今年の平成30年7月豪雨災害。
その影響で長らく停まっていた呉線全線が復活するのに合わせ、動画を撮影するプロジェクトが始動しているっぽいTweetを見かけたので、これは参加せねば!

経緯は何となく知ってた。
あの有名な九州新幹線開通動画があったよね。あれと同じことをやりたんだな。

よし。
事情は分かった。
呉線全線復旧は12月15日か。

内心:またこのクソ忙しい時期に…
仕事ピークだしキャビアの件もあるし…

なんで、大した仕込みする時間もなく、手近にある材料で30分で仕上げたネタがこちら…

どっかで見た言うな!どっかでって!!(笑)

で、どこで手を振るかも決めてた。
広駅近くの踏切。白岳第2踏切ってのが正式名称のようじゃけど、昔っから「福浦の踏切」って言いよった場所。

GoogleMapで見たら、ココね。

この踏切には思い出がある。
子どもの頃…そう40年以上も昔の話だ…
今では信じられないが当時呉線にはSL(蒸気機関車)がまだ走っていた。
客車が電化されてたんかどうかは定かではないが、SLが貨物列車を引いてたような記憶がある。
広駅も当時は貨物の扱いがあり、その貨物貨車を操車するのにSLが福浦踏切を何度も往復していた。そのSLが行き来する様を父に連れられて幼少の頃、見に来るのが大好きだった。

何もかも懐かしい…

なので、この度の声援もココから送ろうと決めてた。
当日の運行スケジュールはこちら…

広駅に15時54分到着か。
そのちょっと前に行けばいいな。

サイトの方に「事前に手を振る場所をメールしてくれたら助かります」な旨書かれていたので、「広駅に入る直前の踏切でスタンバってます」メールしておいた。

午前中に現地を下見。よし。
10分前くらい前に現地入り。インスタフレーム持ってw

既に数人の方が待っておられる。やはり皆さん考えることは一緒ね。
ご近所のお母さんと娘さんと思われるお二方。
当方インスタフレームにメチャ反応(笑)

ま、ともかく列車到着時間もうすぐなので用意しましょう。
列車は右手、仁方方向から来る。

15時53分
来た、瀬戸内マリンビューだ!みんな手を振る!!

は、早い!
あっと言う間に通過しちまった。

駅に入る手前だから減速しているだろうとのヨミは甘かった。
どんくらい早かったかと言えば、こんくらい

ホントに一瞬だった…

まぁ仕方ない…
列車通過後、インスタフレームに反応頂いたお母さんと娘さんがフレームに納まってスマホ撮影。書いてある文言は無視してください。特に意味の無いものですからwww

で、数日後…
おかえり呉線総本山より公開された動画がこちら

エェね…。涙無くしては見れないね。
九州新幹線CMはプロが長い時間を掛けて製作したもの。
対してこちら、有志数名が自力で製作したもの。相当な出来に仕上がっとると思うんはワシだけじゃろうか。ん?

知った顔もあちこちに写っとるね。みんな嬉しいよね。
で、ワシの出番じゃが…2分20秒のとことで一瞬…(笑)

良かった…
謎の文言判別不能でww

「おかえり」の文字すら難読だろ!

あ、スンマヘン(*´ω`*)
もう少し後ろに下がってた方が良かったかも…ですね。

何はともあれ呉線全線復旧おめでたい。
また尾道まで輪行できるし。

あ、尾道まで輪行と言えばJR西にご一考頂きたいのは、土日祝の昼間だけでいいから呉線でのサイクルトレイン化は出来ないものでしょうか。
どっちみち利用者ぶち少ないじゃん。呉線改め(?)瀬戸内さざなみ線って。
船みたいに追加料金取ってでも自転車乗せることが出来たらえぇんじゃが、どうじゃろか。

ま、そんなことより沿線住民の大事な足がまたひとつ正常化したのは素直に喜ぶべきです。

おかえり呉線

先日、竹原界隈までチャリで行く機会があったんですが、まだまだ道路沿いの斜面では崩れたまんまの箇所が沢山ありました。
とりあえず道路の土砂を撤去しただけ。斜面は砂地が露出したまんま。

完全復旧には、気の遠くなるような時間が必要なのかも知れません。
でも一歩ずつ元の状態に戻ってきています。

被害に遭われた方々もどうぞ、ちょっとずつ元の生活を取り戻されてください。

雨は上がってます 呉市

ウチの奥さんがチョウザメだった件

今年は本当に色々とあった1年でした。
4月の熊本Fleche参加&息子の巣立ち
5月にコロ君が亡くなり
7月に豪雨災害
9月は益田INAKAライドと台風による1000kBRMの中止
10月の600k。

そして12月…
ウチの奥さんの入院・手術が今年最後にして最大の出来事だったかな。

あ、何で入院したか具体的に明かしてなかったですが、入院の原因は 石。
いわゆる胆石ですね。

やったことは腹腔鏡下手術って言う方法での胆のう摘出。
小さな穴を数個オナカに開けてそこから棒(?)を入れて胆のう全体を取り出すと言うね。

胆のうって食べたものを消化する胆汁が出るところなのに、取っちゃって大丈夫なん?って思ったけど、胆汁そのものは肝臓から分泌されてて、胆のうはそれを一時的に貯めとくタンク的な役割だから、まぁ無くても大きく支障が出る臓器ではないんだって。

へぇ~…そーなんだ…

その手術に先立ちあれやこれや沢山の検査しましたわ。胆のうが悪いだけでそれ以外の場所はどっこも悪くないよね?って証左を取るらしく検査検査検査。

で、入院期間は12月初めの火曜入院→水曜手術→日曜退院。

はや!

昔のようにおなかを大きく切る開腹手術ではないので、1週間くらいで退院とは言ってたけど、実際6日で退院するとは早すぎて、ホンマに大丈夫?ってこっちがちょっと心配になるくらいだよ。

手術室に入るのも歩いて入ってたし、
手術室から出てくる奥さんは、麻酔が効いた状態でヘロヘロになって出てくるのかと思いきや、会話は普通にできる状態だったし。

その後の看護も完璧に看護師さんが何から何までやってくれるので、見舞に行っても話し相手くらいしかすることも無く。

スゴイね。医学の進歩だね。

術後、医師からの説明があり手術は無事成功した旨と、取り出した胆のうの写真とフィルムケースのような入れ物に入った胆石そのもをもくれた。

取り出した胆のうの写真はリアルなので、ちょっとこの場での公開は躊躇われるのでUPしませんが、大きさや色形のイメージとしてはタラコ。

画像はイメージです
画像はイメージです

そして、ケースに入ってる胆石は…黒くて小さくて…

まるでキャビアだわ!

50個くらいありました。
と言ってたが、実際手元にあるのは大小あわせても20個も無い。

胆石に付いている液が胆汁で、液が黄色いのはうんこの色だからです(*´ω`*)
だって。ナルホドですね。

ネットの画像検索で胆石を調べると、ニンニクの醤油漬みたいな画像が検索されるのでそれをイメージしてたが、実際はほぼキャビアだった。
医師曰く、色んな要因でできるらしく色や形も色々あるんだって。

この記事を書くために1個をケースから取り出してみた。

奥さん初!
奥さん初!

お湯で洗ってみたら黒と言うよりも、深緑色だった。

ま、そんなこんなで長年かけて育ててきた石を無事に摘出しまして、1週間経過した今もまだ術後の痛みは残っているものの、その痛みも日々減少してて着実に良くなってきているようです。
食べるものも、まだどのくらいが自分の限界値なのかが見えてないようですが、通常の食事は出来ています。

多くの方に「奥さん大丈夫?」って言って頂き、ご心配頂きました。本当にありがとうございます。本当に有難い限りです。
お陰さまでほぼ元通りの日常が戻りつつあります。
これで今年のイベントは全部終わったよね?もう何も無いよね??

来年は元号も変わることですし、いい1年になって欲しいと心から思います。

AJ広島 忘年会

もはや毎年恒例となりつつある、11月23日勤労感謝の日はAJ広島の忘年会!
ま、恒例って言ってもまだ2回目なんですがね…

勤労感謝の日の意味は『勤労をたつとび、生産を祝い、国民たがいに感謝しあう』ことらしいが、ランドヌール・ランドヌーズ達にとっては、数百キロもの道のりを昼夜問わずに走り続けることは、勤労における社畜化ともはや同意であり、今年一年を大きな怪我や事故もなく無事に終えられた喜びを共に、そしてメダルをまた1枚ゲットできた喜びを称え合い、来シーズンもまた走り続けることができることに感謝しあう日でもある(意味不明)。

開催場所ももはや恒例化しつつある広島駅前。
去年と違うのは、今回は福ちゃんの提案でじゃんけん大会が開催されたことかな。
え?
AJ〇岡のパクリじゃないかって?
さぁ、私はAJ〇岡の忘年会に行ったことが無いので、何のことだかサッパリ…

そんなこんなの第2回AJ広島忘年会の様子ですが、私が記述する前に奥さんが事細かくUPしましたので、そちらを見てみて。

じゃ、またの!

10月! JUMP

ども

なんやかんやで10月は1回もブログ更新できなくて気が付けばもう11月。早いもんです。

先の記事がBRM927の1000Kが台風到来で中止になった旨でしたね。それ以降、仕事が忙しくなったり、奥さんが入院したり、次のブルベの準備が忙しかったりと、なかなかブログを書く時間が取れなくて、ズルズルとここまで来てしまいました。

この1ヵ月間で最も時間を割いたのはやっぱりBRM1027 Around Hiroshima 600kの関連だったですかね。

丸っと広島600キロ
丸っと広島600キロ

上の画像も何度も使い回してるのでウンザリ気味ですが、コース担当としては試走やらなきゃですね。
ブルベには認定試走と言うものがありまして、開催の2週間よりも前の日以降に実際のコースを同じように走って完走すると、開催日当日に完走したのと同じ認定を得られる訳なんですね。

なので、2週間まえの10月13日~14日でソロ試走に行ってきました。
気乗りしないまま、朝6時に須波を出発。

そう、どうも今日は気が乗らない。
途中でDNFしようかと何度もアタマをよぎる。実際、自宅のスグ近くも通るのでそれが一因かとも思ったが、自宅を過ぎてもどうもイマイチだ。

そんな気分のまま広島市内へ入り、オンルートで平和公園を通過しようとしたところ、目の前を横切る男性が!
あ、もうひとり!!

サプライズ応援!
サプライズ応援!

おぉ!
心の友、ケーキさん&たっかんさんじゃないですか!
GSPの位置情報共有掛けてるから、タイムリーに応援戴いて感謝感激。
仕事抜けてきました感溢れてるのは、あんまり触れんとこうねw

ここまでテンション下がったまま来ましたが、お陰でテンション↑↑↑
もうゴール楽勝な気分しかない(単純かよ)でもホンマに有難かった。
さぁ、大竹向いて行きますゼ。

 

正午に大竹到着。

夕方に戸河内まで行き、

フォトチェックの静馬商店に着いた頃にはもう真っ暗。
夜になるにつれ気温が下がりこの時点で7℃。

ま、普通に寒いですわな。
それも想定内でウェア類を充実させてはいるが、やっぱり寒いわな。

ソロだし真っ暗だし、気分が上がる材料はどこにも転がってない。
PCに行っても誰もいないってのは、結構寂しい。
雨が降らないのだけがせめてもの救い。

事前にクルマ下見してたし、Googleストリートビューも散々見てきたけれど、いざ実走になるとやっぱり道に迷う。
千代田の町中を迷走。PC3のセブンイレブンが見つけられない。焦る。折れそうになる。

事前に息子にLINEで「土日で県北の方をブルベの試走で走ってくるから、もし走れなくなったらピックアップ頼むわ」と伝えてたので、非常に連絡したくなる。
あぁ、もぉエエわ…

だが、全ルート試走しとかないと、こんなコースだから2週間後に皆さんに安全に走って頂くためには、何としても確かめておかねば…。
その1点だけでDNFの思いを断ち切る。

そして眠くもなってくる。
昨年のグルメフォンドでスタート地点だった道の駅とか立ち寄ってみるが、仮眠できそうな場所が無い。

いや正しく言えば、
「仮眠に適した寒さをしのげる場所が無い」
と言うべきだ。

ここどうかな?
って入ってみるところもあったが、足元が鉄板だったりして冷える←経験者なら、どこだか分かるねw

三次のPC3に入り食欲も無いが、持ってきたスマホの充電ケーブルが死んでたので充電ケーブルを買う。

TBC本部前を真夜中に通過し、新しい橋を渡って左折した先にパラダイス発見!

新しいコインランドリー発見!
これは寄らない手はない!!

午前4時。
誰もいないコインランドリーで意味もなくグローブを乾燥機に放り込み、300円投入。これで30分はこの場所に滞在できる権利を得たw
そして気を失う…。

乾燥終了のアラーム音で叩き起こされて再スタート。
しかし、明け方ってのが一番気温が下がるよね。

薄ら明るくなってくる午前6時が寒さピーク。気温3℃
場所は高野の辺り。クッソ寒い。
盆地特有の霧も出てて、ウェアがべちゃべちゃに濡れる。

だが、気分にすれば夜の6℃よりもマシだ。
夜の6℃はこの先ずーっと寒いんかと悲観的になるが、朝の3℃はもう少しガマンすれば暖かくなってくると言う材料があるから。

7時半、フォトチェック到着。

あの方が参加すればネタになるかと思い設定したフォトチェックポイントだったが、あの方はお仕事で参加できないと…残念(笑)
えぇんです誰しも仕事優先、家庭優先。趣味は二の次三の次。

その後も県北の山々を登り予定通り走ってきたが、通れない道があった。

通行不可
通行不可

こ、これは…
ネット上のどの道路情報サイトにもこの場所の通行禁止は出てなかった。
やはり直前でのルート確認は大切やね。
この状態を把握できただけで、頑張って試走した甲斐がある。

その後、PC5である東城のローソンに到着したのが2日目の正午。

ここから先は福山へ向けての下り基調と思ってたんだが、あの伝説の油木峠ループを登って以降、緩やかに登って・下ってを幾度となく繰り返す。
自分としてはこの部分が一番キツかったね。

こーゆー緩やかなアップダウンの繰り返しはルートラボ見ただけではわかんないよね。所謂、ステルス峠ってヤツ。

福山に降りてからは町中走行なので楽勝と思いきや、ここに来てパンク。
鞆の浦もおざなりに通過し、福山の町中を抜けるがクルマがごちゃごちゃ多くて疲れる。

尾道の夜景
尾道の夜景

尾道に入ったのはもう夜。綺麗だけど感動も薄い。

須波のローソンでゴールしたのは20時30分。
着くと大先生が待っててくれた。有難い…さすが気遣いの男。これまた感謝感激。

やぁ~自分でひいたルートながら、何ちゅールートやねん!
しかしキツさの7割は寒さじゃわ。
2週間後に走る方には、この試走情報を踏まえた上で走って欲しいので、試走レポを公開した。

で、当日。
大方がDNSやろなーとは思ってたが、エントリー65名に対して DNSが29名。
ほぼ半数が出走しない判断。うん。これはこれで正解だと思います。だって寒いもん。

出走したのは35名。そのうちDNFが16名。

DNFが16名…
寒さ要因が多いんかな?って思う。

バーミッツ付けて出走した方もおられた。
昼間は暑かっただろうけれど、夜間は平気だったでしょう。
ブルベにおけるウェアの準備ってのは大切よね。

何はともあれ、出走各位お疲れ様でした。
DNFでも無事に家に帰るまでがブルベ。

2018年のAJ広島。豪雨があったり、台風にヤラレたりと波瀾万丈でしたがお陰さまで大きな事故・怪我もなく終えることができたのは皆さまのお陰です。
本当にありがとうございました。

リザルト処理を終え、ブルベカードを返送し、やっとひと段落ついたのが今日11月4日。やれやれこれで自分の中でのBRM1027が終わりました。

次は忘年会です。BeeRM1123大須賀。
昨年同様に11月23日広島駅前に集合!
参加要領はこちら

そして来年のコースも着々と準備進行中。
また新たなルートが目白押しです。
ゆっくりするヒマは無いですが、ゆっくりする気は無いのでOKバッチリです。

では大須賀で会いましょう(^^)/

平成30年7月豪雨・災害ボランティアに行ってきた(かなり長文)

最初に:
この度の災害ボランティア参加する意思のある方に向けて、私の経験をかなり詳細に記述します。
被害に遭われた方には、思い出して辛い部分もあろうかと思いますが上記の理由ですので、どうぞご理解ください。或いは、この先を読み進めないでください。

2018年7月12日(木)、たまたま仕事休み入れてたので、くれ災害ボランティアに行ってきました。その日の様子を記しておきます。

Twitterの呉氏垢の情報より、ボランティアの受付が始まったことを知り、サイトで必要事項を確認した。
夕方、念のためボランティアセンターに電話し、集合時間と場所を再確認。事前申し込みなく、明日の9時に呉市役所に行けば良いとのこと。
→ 後日情報によると電話対応もままならないので、サイトに書かれている通りだからいちいち電話してくんな💢ってことらしいw 行く意思の方はつべこべ言わず朝9時に市役所へGoだ!!

特に気を使ったのが服装だ。
こちらのサイトに服装・装備が書かれているのでそれを参考に用意した。

↑ いたる所で目にする画 ↑

長ぐつ、汚れても構わない長ズボンと長そで服。軍手。
ホムセンで新たに購入したのは、防塵マスクと厚手のゴム手袋(テムレス)。
防塵メガネはチャリ用を使用だ。

Twitterでボラ行くことを明かしたところ、中学校時代からの親友かつお氏から緊急着信あって『必要な物資があれば貸すよ』と。お言葉に甘えてヘルメットとスコップを借りた。
災害ボランティア初めての自分はあれこれと質問しまくった。サンクスかつお氏。

当日。

9時に呉市役所庁舎に向かうため、8時過ぎに家を出発。もちろんチャリでだ。
奥さんが昼食用にオムスビを幾つか作ってくれたのと、水分は500mlの水を2本(実際、水分はこれでは全く足りなかったんだが…後述)。
途中コンビニで更にオムスビを3つ購入。保存性の良い梅干入りだ。

9時前に着いたかな、呉市役所庁舎到着。実はこの新しい庁舎は初訪。
隣接の駐輪場は既に自転車で溢れかえっていた。
無理矢理停めて、急ぎ足で庁舎正面の大きな自動ドアから中へ。

驚愕!

既に多くの人が集まっている。

その数、500人以上か。広いロビー内にはとても多くの人が並んでいた。
まず~ぃ…出遅れたか…気は焦るが仕方ない。
一旦奥まで見に行き、戻ってきて列の最後尾に並んだ。

ボランティア受付窓口は、ロビー入って右奥の方だった。人の列は4列に整列されてて入口まで来て、折り返して再度受付窓口付近まで到達していた。

これだけ多いんなら、もう自分の出る幕は無いんじゃないか。もう帰っちゃおうか…って気が浮かんだが、まぁ並んだ。

並んでる人の9割以上は若い人だ。高校生or大学生だろうか。市内高校の体育会系ジャージを着ている人が多いな。
その若い人の中でも、女性比率が圧倒的に多い。女性8割vs男性2割ってところか。これは意外だった。
自分のようなオッサンは僅少。ま、平日だからと言うこともあるんだろうけどね。
服装に関しては多くの女子が部活ウェア。サイトで案内しているようなカンペキ装備組は少なく、ヘルメット持ってるのは更に一部のオッサンのみって感じ。

列の進行は遅い。気分は焦る。
振り返ってみれば、自分は列全体の8割ほどの位置にいたようだ。
受付に時間掛けちゃって、この間にも現地で動くことが出来るだろうに、早くすりゃいいのに…って気分だった、この時点では。

10時40分。ようやく受付窓口まできた。手続きする。
受付用紙に名前、年齢、性別、携帯電話番号、住所を書いたかな。
これとは別に名札シールにカタカナで記名。付箋にもカタカナで記名。
用紙のみを渡し、名札シールは胸に貼り、付箋は持っておく。

この時点で初参加か二度目以降かで振り分けられ、自分は初参加のグループへ振り分けられる。
100名ほどでフロア地べたに座って、本日の注意事項を聞く。いわゆるブリーフィングだ。

内容は気をつける事項などの説明。要点は以下かな
・連日熱中症の人が発生しているので、水分補給と休憩を十分に
・作業は10分毎に休憩すること
・現地での撮影&SNS投稿は厳禁!!

地べたでの説明が終わったら、隣に並べられた椅子に座る。10×10の100人ほどか。
その座った順にグループ分けされる。
9人で1グループだったり、13人で1グループだったり、人数はスタッフ任せだ。
そのグループの中からリーダーが1名選任される。

自分は9名のグループに入る。
ブリーフィング時に近くに座ってた体育会系高校生風の彼がグループリーダを任せられた。

この彼。服装は「この後、海に行くんだ♪」的な、非常にカジュアルな服装で履いているのはクロックス。
服装チェックで参加を拒否されるどっかの自転車イベント(笑)とは違い、装備がアレだからと言って本日のところはお引き取りください。ってことは無いようだ。
だけど被災された方々のためにも、やはり服装はちゃんと意識して行くのがマナーと思う>今後の方へのメッセージ。

持ってた付箋をリーダーに渡す。
リーダーはスタッフから渡された、点呼シートのようなもの(記述内容は不明)を持ってて、それに付箋を貼っているようだ。

グループが結成されたら、最後にアクエリアスを受け取って玄関から出て行く。いよいよ出発だ。この時点で本日の行き先や作業内容は伝えられていない。
玄関先に停めてあるマイクロバスに乗り込み移動が始まる。

彼は数名の男子とグループで参加しており、男子の相互コミュニケーションの常套句である、だりー、しんどい を車内で連発している。
車内では「弁当ってあっちで出るんじゃろ?」とも言ってるのがいる。大丈夫か。

バスは魚見山トンネルを抜け、広島方面へと。予想通り天応地区に行くようだ。
順当にR.31を走行し、天応大屋橋のバス停で下車し天応小学校の校庭へと案内される。校庭には自衛隊車両が多数停まっている。大阪から来てくれているようだ。

先着している他のグループメンバーと共に、タープテントの下で待機し、スタッフの○○ちゃんと言う女性(かなりフレンドリー)から最後の注意事項説明を受ける。やはりSNS投稿禁止を重ねて言われる。そして別の引率スタッフに連れられていよいよ現場入りだ。

天応小学校から国道に出て、横断陸橋渡って、電車の来ない踏切を渡る。渡ったところに、ま新しい天応支所があった。
支所は災害復興拠点になっており、給水や訪れるボランティアのサポート。もちろん被災した方々の避難所となっている。
支所の向こう側、更に低いその一帯には大量の砂が流れ込んでいた。

メディアで連日報道されているのと同じ景色が目の前に広がっている。
建物が流されたりクルマが転覆大破しているような激しさは無いものの、流されてきた土砂の量はものすごい。

一帯の家々は床上浸水した形跡がパッと見ただけで分かる。停まってるクルマにも浸水した形跡がある。

その一帯の一軒のお宅にグループは連れて行かれた。ここが本日の現場だ。
背負ってきたリュックは近くの木陰に置いて、財布だけはポケットに。
家の方に挨拶し、お邪魔させて頂く。

…。

言葉を失う。

浸水の痕は床上、胸の辺りまである。
タンス、冷蔵庫は倒れ、室内の家財と言う家財は真っ黒い泥にまみれ散乱しまくっている。畳もめくれ上がり泥だらけだ。
どこから手をつけていいのか分からない状況だ。

さっきまで威勢の良かったリーダーが動かなくなった。
まだ若い彼らは、私以上のインパクトを受けたのだろう。無理も無い。

これを読んでいる方で、今まで生きてた中で言葉を失う経験をされた方がどのくらい居られるだろうか。
自分50歳。衝撃を受けたことはまぁ無くも無いが、言葉を失うって経験は初めてだ。

家の方はご高齢の方で「家の中の物を全部捨ててください」と言われる。
さて、どうしよう。

出しゃばるようだが、自分が音頭を取るしかないな。
リーダー悪い。君の2.5倍は生きているんだ。指示を出さしてもらうわ。

畳は水を吸って非常に重い。3人で持って外へ。
倒れたタンス重く扉も開かないのでバラす。中から出てきた服は少し濡れているもののきれいだ。家の方に相談し、服は庭の陽当りのよい良い場所に置いとく。

若い彼らは「全部やって」的な丸投げだと何をどうして良いのやら分からないようだが、こちらが手本をやってみせ、じゃあ、これとあれとを出してね。って具体的に指示を出すとそりゃもうパワー全開でやってくれる。そーゆーもんだと思う。

やってみせ
言って聞かせて
させてみせ
ほめてやらねば
人は動かじ

ー 山本五十六 ー

また、このお宅の作業には別の女子グループが入っており、そちは室内や軒先の泥出しをしていたので、そちらにも力添えやアドバイスさせてもらう。

そして、実際に動き始めると忘れそうになるのが、10分毎の休憩。
ブリーフィング時に「リーダーは時間を気にしてメンバーに休憩を促して」って言ってたけど、実際にやり始めるとリーダーもメンバーも休憩を疎かにしがちになる。これも仕方ないと思うよ。

なので、休憩してよ~休憩してよ~と皆さんに声を掛けて回るのもやった。
休憩の時、外の木陰でひとりの学生風女子に話し掛けた。

爺:どーやってこのボラに参加しようと思ったん?学校から行きなさいみたいな通知が来たん?
女子:いえ、そんなのは無くて、Twitterの呉氏垢の募集見て来ました。

だって。えースゴイね。それだけでこんなにも多くの若い人たちが動くもんなんだね。爺としてはちょっと感心するよ。

そして、今日が2回目、3回目と言う女子も居る。
一度やった上でまた来ようと思う。確かに学校が休み期間中と言うのはあるよ。でも、何とかしてあげたいと思う気が本当にあるんだろうね。尊敬するよ。

最近の若いモンは…と爺婆は言うけれど、若いモンってのは昔も今も変わらずいいモンだと思うよ。まぁ、爺婆もそれはそれで昔も今も変わらずいいモンだと思うけどね。

自分はね…
お家の方から、あれこれ頼まれるんですよ。
隣接のちょっと高くなったところから庭に落ちてきているヨド物置を持ちあげられる?
いや、中にどんなモノが入ってるか分からないですし、うんともすんとも動かないので、こりゃユンボ入れんと無理ですよ。
お風呂の開き戸が開かないんだけど、開けれる?
扉がちょっと歪んでるし、浸水で下の方が膨張してるのも影響してるかもですね。壊してもいいんでしたらチカラずくで開けますけどいいです?
えぇ、壊しても構わないので開けてください。

あ、えーっとですねぇ…
 私ですねぇ…普通のサラリーマンな訳なんですよ。
 ちょっとだけ手先が器用なだけで、偉そうにしているオッサンなんですね。
 決してレスキューのプロだとか、そっちのスジの人間じゃないんですね。
 なんでね、過度な期待されちゃっても困るんですよね。
 でもね。ヤレと言われれば全力でやりますよ。
 こーゆーの好きだから。
これは、心の声ねw

持ってきたスコップで扉のすき間からこねくり回して、ヒンジ止めてる木ネジを引っこ抜いて御開帳。
これでいいですかね…。
喜んで頂けましたので、まぁ良し。

屋外で作業してた男子がアタマが痛いと言うので、それ熱中症になる兆候だから、陰で休んで水分とって。マジで。
連日の活動で熱中症が出ているんだって。無理もないと思う。とにかく、頻繁な休憩と水分・塩分補給だいじね。

自分も持参した550ml x 2だけでは全然足りず、現地センターで2本水を貰いましたね。これから行く人は2リットルでも不足気味だと思うので、覚えといて。
あと、食事も合間合間でとるようになるので、お弁当よりもオムスビを何回かに分けて食べるのがいいかもですね。

あと、ヘルメットですね。やはりあるなら被った方がいいですね。
畳がめくれ上がってるってことは、足元から鴨居までの距離が近くなってるのでアタマを打ちやすくなってます。実際、何度もゴンゴンと当たりました。

活動は3時(3時半?)までと言ってた。
午後から始めて、3時ってなんぼも活動できんじゃん!って思った。
でも実際、このオッサンにしてみれば3時間も活動することはできなかった。
作業のキツさもあるだろうけれど、暑さ影響もかなりあると思われる。
ラスト1時間くらいは後方支援(って聞こえはいいが、実のところサボってた)してたんよ(汗;

終盤はみんな疲れてて、女子も「ムリ~、終わりが見えない~」って嘆いてた。や、終わりはないんよ。終わりは3時。できるとこまでやるだけ。達成感はそんなに簡単には得られるもんじゃないよ。って言った。

でも、家の中の大型のものはかなり運び出せたじゃない。軒先の泥溜まりも泥無くなってるじゃない。
全体で見ればまだまだだけれど、部分部分では片付いて行ってるよ。これ以降は明日からのボランティアに任せようや。

2時40分だったか。
町内放送があり、天応地区に大雨避難警報が発令されたと。ボランティアは作業を終了してください。と。
終わりましょうや。撤収撤収。

お家の方にご挨拶し、その場を去りました。

天応支所の前にはま新しい給水車が来てました。熊本県益城町と書いてあります。この1週間、自衛隊や消防や警察など、いろんな車が全国各地から来てくれてます。支援の方々がたくさん来てくれています。本当に有難い限りです。ご支援に感謝いたします。

天応小学校に戻り、帰りのバス到着を待ちます。
前夜から通れるようになったR.31は大渋滞らしく、呉市役所からの折り返しバスはなかなか到着しません。暑い中を皆さんと共にジッと待ちます。

何だかんだで1時間は待ってたと思いますが、バスが来ましてのようやくの帰路です。流れ解散って感じですかね。

市役所の中では、本日参加した人に対してボランティア活動証明書が交付されるようですが、当方にとっては特に必要なものではないので、頂きませんでした。代わりに、本日が賞味期限なのでめっちゃ喰ってってくださいと大量に余っているセブンイレブンの菓子パンを頂いて帰途につきました。

人生初めての災害ボランティア活動が終わりました。
最初はぐっつり1日働く気負いだったけど、2時間もすればグロッキーなことが理解でた。思い返せば、朝の受付があんなにも時間掛かったのも、全く焦る必要ないからですね。受付待ちの早かった人は、早くから現場に入って早めに上がってることでしょう。こちらは遅めに入って遅めに上がる。
恐らくそんなローテーションで回っているんだと思います。

そう思えば、こんなハードワークを朝から晩まで連日行う自衛隊やレスキューの人って、本当に体力と精神力が並み半端ないんだなと、つくづく思った。
ご苦労さまです。

なんで、ひとりの人が頑張るのではなく、なるべく多くの人がまんべんなく参加して被災地の復旧をお手伝いしてあげるのが最善と考えますね。
この記事を最後まで読んで頂いた方、是非、朝9時に呉市役所に行ってください。オッサンでもオバサンでも、どっちか分からない人でも(笑)若い人をマネジメントしてあげることができれば、活躍のステージはあるのですから。

是非!
もう一度、くれ災害ボランティアセンターのリンク貼っときますね。

それと最後にですが被災された方々。
私らは、その日だけのお手伝いしかできません。復旧までのほんのごく僅かなお手伝いだけです。でも、被災された方々はこれから途方もない努力で元の生活に戻って行かれることと存じます。
避難所での生活。クーラー無くて暑い夜を過ごすのはもうストレス以外の何者でもないですよね。いつもの風呂にゆっくりと入ってた日常が懐かしいですよね。急ぐ必要は無いと思います。どうか諦めずに。
その過程のほんの一部分だけでもお手伝いさせて頂けたことに、こちらも感謝いたします。2年先、3年先…にそっとこの地を訪れてみたいと思ってます。皆さんの日常が戻っていることを期待して。

今回のボランティアが最後ではなく、この先もまた参加したいと思ってます。是非。

続・豪雨災害

昨日の記事を書いた後に、色々と状態が改善してきましたので、今後の記録のためにも書いときます。

明日からR.31が通れるようになるって。
安浦方面に行くR.185、仁方のカマタGSのところの崩落も応急処置(?)で同様に明日から通れるようになるらしい。

一気に道路状況が改善されて嬉しい。
業者さんの並々ならぬ努力のお陰と感謝いたします。

実は、どーしても風呂に入りたくて広島市内まで熊野経由で行ったんですが、帰り道の海田から熊野の間が激しい渋滞で疲れました(汗;


のようなTweetをしたりしてた断水ですが、今週金曜の13日から遮断箇所での送水を開始と先ほどTVでやってました。あと数日の辛抱です。

水不足を心配して頂き、親戚から大量の水タンクが送り届けられて嬉しい限り。
マジ感謝!

また、オンライン/オフラインでとっても多くの方から心配の声を頂きまして、本当にありがとうございました。こちらもマジ嬉しい限りです。
当方は「被災」そのものはしてないですから、どうぞご安心を。

で、その被災ですが、同じ呉市内でも甚大なる被害を受けた方々も少なくありません。
そんな方のお役に少しでもなりたいと、ボランティアに行ってきます。

呉市のサイトでボランティアセンターが立ち上がりました。
またタイムリーに明日は仕事が休みです。
なので、明日7/12の朝9時に呉市役所に行くです。

ブルベ界で話題のテムレス。
自分は使ったことなかったんだけど、被災地ボラのために近くのホムセンで買ってきました。

4年前の八木の災害の時にボラ行きたくても行けなかった。
今回、自分の住む町でこのようなことになり、じっとしてられる訳がない。

何をすることが出来るのか全く分からないけれど、できることを頑張ってきます。

平成30年7月豪雨だそうです

ども、ちょっとご無沙汰でした。

こないだのクリテリウムの記事をUPしたい矢先に雨が良く降ってしまいましたので、そちらを先に。

先週金曜、7月6日の夜に沢山の雨が降りました。
その結果、どのようになったかは皆さんご存知の通りです。

先小倉
先小倉

呉のあちこちでもがけ崩れ等発生し、死者も出ているとのこと。
痛ましい限りでご冥福をお祈りいたします。

こちら自身は具体的被害はありませんが、ライフライン混乱の真っ最中です。
電気は正常です。
一時期は携帯電話もつながらない時間帯がありました。

いま一番困ってるのが断水です。

給水待ちの列
給水待ちの列

ウチは戸建て。
また幸いに、浅いヤツですが井戸があるのでトイレ用には困ってない。
でも飲用には適さないので、飲み水確保と風呂は不自由。

呉周囲の道路網が寸断されているので物流がストップし、コンビニは軒並み閉店。ガソリンスタンドも同様。

自宅のauひかりも長らく切れてましたが、7/9の18時頃復旧した模様で、ようやくブログ書けます。

報道では、明日には東広島呉道路が復旧するとのことなので、そうなれば物流も大きく改善するでしょう。

JR呉線はまだ当分かかるかな。
R.31はどうだろう。R.375も。

仁方のセブンイレブンのところ(カマタGSのとこ)が大きく道がえぐれているのは時間かかるかな?

まぁ、色々ありますが徐々に復旧して行くでしょう。
自然のチカラは強大ですが、人間のチカラもなかなかのものだと思います。

大きな痛手を負った方々に、少しでもおチカラになりたい。
復興ボランティア募集が始まったら、週末には参加したいと思ってます。

とりあえず、今のところはこんな感じです。
取り急ぎ。

息子氏、家を出る

タイトルの通り、息子が家を出ました。
あれは4月になってスグのこと。

その後、コロの事があったりして記事を書く機を逸してたのですが、彼にしてみれば前々からの想いがようやく実現できた訳で。

かねてより、家でゴロゴロしている彼に

そんなんなら、ひとり暮らしでもして苦労してみろ!

と言ってたので、それを覚えてた彼が就職して間もなくからひとり暮らしをすると言うので、色んな意味で自己完結できる成人になってからにしろと告げ、3月生まれの彼は4月を待って出て行きました。

自分で不動産屋を巡り、自分で物件を決め、契約書には保証人欄に記名してやる必要があったものの、それ以外は彼が全て。

あ、MegaeggのPPoE設定はやってやりました。
ま、あれは知らんかったら出来ん罠。

かねてより言っている、

良いことも 悪いことも 何ごとも経験

昔からそう言ってきたので、彼がひとりで暮らししてみるのも長い人生の中ではきっと役に立つんだと思います。

たとえそれが、実家から徒歩10分の距離に住むのだとしても!

Σ(・ω・ノ)ノ!

そ!
近いんだわ。
ウチから距離750m、徒歩10分の所にアパートを借りましてねw

多くの方が、もったいないと言います。
えぇ、自分もそう思います。

でも、自分の稼いだカネでやることなんだから、とやかく言う気は全くないです。
成人ですから。自らの判断でこちらの手から離れて行ったんですから。

私自身が親からあれこれと言われて育ってきたので、子どもらには自分の道は自分で切り開いて行って欲しいと常々思ってたから過干渉する気は全くないです。あ、とは言え自分をここまでの大人にしてくれた親には感謝してますよ、当然に。

そんなこんなで部屋がひとつ空きましたので、早速こちらもやりたいようにやります。

自転車部屋化
自転車部屋化

タイムリーに奥さんがZwift始めると言うので機材も無償で提供頂きまして有難い限りですw

先ごろのメンテスタンド購入も、この部屋が確保できたから。

何か自炊してるみたいだし、風呂ってあっという間にカビるんだ!とか、布団のダニ対策で乾燥機買おう思うたけど高い!とか、色々気付きがあるようで、えぇんじゃないでしょうか。

前後してコロも居なくなったので奥さんは少し寂しいようですが、主婦としては楽になった面も多々あるようだし、各種保険代やスマホ代なんかも全て持って行ったので当家の出費は減ったりして、こちらもこちらでまた新たな人生のステップを踏み出した感あります。

この先、彼の心配どころかこちらもどうなるかなんて全く分からない今の時代。
それぞれに頑張って行くしかないよね。

単身暮らしは色々と出費がかさむとは思うんだけど、それ以上のものを彼には得て欲しいと思います。

ありがとう コロ君

我が家の愛犬 コロ君

今週の水曜5月23日の午前2時半に永遠の眠りにつきました。
享年13歳。

昨年8月の発作以来、穏やかに日々を過ごしてきた。
最近、後ろ足が弱ってきてチカラが入ってないな…とは感じていたけれどそれは徐々にであって、今すぐに何かが起きる感じでは全くなかった。

しかし、今週の月曜からほぼ歩けなくなり食欲も皆無。水さえも飲まなくなってた。

そして火曜、いきなり寝たきり状態に。
深夜になると大きな声でワォンワォン…と叫び続け、それが2時間続いたのが最期でした。

家族全員、大きな悲しみに暮れています。

たかが犬で…
って言う方が居られるのも分かってます。

しかし、私ら家族にとってはかけがえのない家族の一員。
人間も犬も変わりないんです。

脚が長く瞳が綺麗で立派な巻尾でした。
モフモフは触ってもその匂いを嗅いでも癒されました。
良く分かってて、驚くほど空気の読めるヤツでした。

今。
彼には感謝しかない。
私ら家族は彼から沢山の癒しや愉しさ一緒の時を過ごす喜びを与えられてきました。
彼がいなければ、どんなに殺風景な13年だったことでしょう。
彼がいなければ、今のこの家族ではない別の家族になってたことでしょう。
その彼がもう尻尾を振ってくれることはありません。

本当に色々ありがとう。沢山ありがとう。
感謝の言葉しか出てこないよ。

そしていま思うのは、彼はこの家に来て幸せだったんだろうかって…
出来ることなら「アンタの所で暮らせて幸せだったよ」と思ってて欲しい。

今日、土曜日。
市内のペット火葬場で荼毘に付してきました。お骨も拾ってやりました。
お別れです。

ありがとう、本当にありがとう。
あっちの世界でまた逢おうな。

最後に、
彼のいままでのいい写真を幾つかセレクトしてみました。
どうぞ見てやってください。