自転車ヘルメット着用、努力義務化

最近、あちこちで自転車のヘルメットについてよく聞かれる。

4月からはヘルメット被らんといけんようになるんじゃろ?

ニュースなんかで報じられているので、なんとなく気にはなっているようじゃけど、様子見って感じなんじゃないかな。

4月から大人にも自転車乗車時のヘルメット着用の努力義務化が始まる
 ↓
努力する義務を負う?
 ↓
何のために?
 ↓
事故や落車で頭をケガして重度のケガや死亡する確率が高いから
 ↓
「誰のためでもない、自分ためにヘルメット被った方がいいんじゃないですかね?」
と、お国は言ってる。

と、理解してます。

努力義務なんで、被らなかったとしても罰則はないらしい。
まぁ、リスクは自己責任と言うことでしょう。

自転車用のヘルメットは安いのでも5000円くらいかねぇ…SGやJCFの認定マークが付いてるヤツね。
ネット上には2~3000円のものがあるけど、ちょっとどうなんじゃろね…せっかく被るんなら怪しいヤツよりマトモなヤツに守ってもらった方がえぇんじゃないかねぇ…

こないだ近所で見かけたけど、電アシ3輪自転車に乗ってゆっくり走ってるおばあちゃんがヘルメット被ってた。素晴らしい!ご立派です。

とかく「自転車ヘルメットが4月から」ってところばかりがクローズアップされているけれど、広島県でも自転車の保険加入も義務化される。こちらも万一加害者になった場合を想定して。

で、行政がメットだ保険だと騒ぎ立ててるのは、結局のところ、自転車は車道を走らせたい一心だからじゃろ?

40年ほど前…自分が高校生の頃…ロードっぽい自転車で車道を走っていたら、1日に30回はクラクションを鳴らされ、激しく幅寄せを喰らった。
窓からたばこの吸い殻を投げつけられたり、唾を吐かれたこともあった。

邪魔だ!チャリは歩道を走れ!!

って意味だったんじゃないかと推測している。

当時はひとり寂しく走ってたもんです。でも今はいい時代よ。自転車もウェアもカッコよくなったし、女性も沢山走るようになったし、各方面が自転車ウェルカムになってきたと思う。
もちろん車道走っててもクラクション鳴らされることは無くなった。

いずれママチャリも車道走行が一般的になる日が来るのか?

でも、ウチの近所の交番だと…2年前に5、6台のママチャリがシルバーの新しいヤツに更新されたけど、それが昨年にはピンクナンバーの自動二輪に全台更新されてた。

警官はママチャリで車道を走る気がないらしい(と、理解した)。
自らがヘルメットを被ってママチャリで車道を走るのが一番の啓蒙じゃないんかね?

市民の皆さんはヘルメット被っても被らなくてもどっちでもいいですが車道走ってくださいね、僕らは自動二輪ですけどw

みたいなテンションじゃあ、この先何十年掛かっても何も変わらんのじゃないんかね。
自転車ヘルメットがこの先広まるか否か、多くの自転車が車道を走るようになるか否かは警察のやる気次第ってとこだと思うよ。

なので、街頭で「ヘルメットかぶりましょー」とか「車道はしりましょー」とか言い出したら、「ケーサツの皆さんがやりだしたら、自分もやりまーす」って返そうと思ってる。

自分からはひとつだけ紹介しておきます。

2014年5月8日
街中の車道をクロスバイクで時速5キロ程度の速度で走ってて、歩道に上がろうとした際に前輪が横滑りして左に転倒した。ヘルメットは無かった。

咄嗟には手が出ず、アスファルトに頭をぶつけた。
ゴンッ!
額を路面に打ち付けたが、すり傷程度で済んだ。

翌日から目の周りが紫に腫れ上がって周囲の人を驚かせた。
自分では痛みはないんだけど…
その翌週には、腫れ上がった顔で石見グランフォンドを走ったと言うねw

あの時、ヘルメットを被っていればあんなぶざまな顔にはならなかったと思う。
そのぶざまな顔は、グロいので直には貼れませんが…

こうならないためにもヘルメットは大事と言うことだけはお伝えしておきます。
見たい人は以下をクリックしてみて。

▼グロ画像を見る▼

コロナ陽性になってました

まぁこんな経験も二度と無いだろうから、自分自身の記録って意味も込めて書き残しておきます。

2022年12月
11日(日曜) いつものように朝から晩までサイクリングやってました。

12日(月曜) 朝から何だか喉に違和感を感じたので、職場同僚との会話も一度きり。もちろんマスクは常時していたし、デスクはパーティションで仕切られていたので職場へは最大限の配慮。この日の夜から、自宅では自分ひとり2階部屋での就寝が始まる。

13日(火曜) 今の時代を象徴すると言っても過言では無い「テレワーク」就業。午後に体温を測ると37.6℃。

きたねぇ~…
とあるネット情報によると日本人の平熱は36.8℃らしいが、自分は平熱がとても低く、多くの場合35.1℃。時には34.9℃の時もある。37.6℃ってことは自分にとっては高熱なんだよ。やべぇ…

14日(水曜) 仕事を休んで、朝からかかりつけの病院に行く。医院建物の裏手に建てられたプレハブ小屋に通され、問診・検温など。
自覚症状は軽い喉の痛みと37℃台の発熱だけ。いわゆる軽症。

そして噂には聞いていた、綿棒で鼻の奥をグリグリされる抗原検査ってのを初めて受ける。綿棒を持った医師は「ちょっと待っててね」と言って小部屋から出て行った。
が、ものの1分もせずに小部屋に戻ってきて「コロナ陽性ですね」って言われた。

はや!

インフルエンザと新型コロナの両方を一度に検査できると言うヤツ(大塚のクイックナビ)で、コロナを示す部分に線が出ていた(しまった、画像を撮っておけば良かったな…)。

来たかぁ~、そっかぁ~、来ちゃったかぁ~…

医師:コロナの薬ってのもあるんだけど、軽症そうだから飲まなくていいとおもうんだけど、どぉ?普通の風邪薬でいいと思うんだ。どぉ?

え、どぉ?って言われても…

こなき:あ、普通のでお願いします…みたいなw

ってことで、フツーの風邪薬(トーワチーム配合顆粒って書かれてた)と熱冷ましのカロナールってのが処方された。

奥さんにクルマで送ってきてもらってたので、妖精に進化した旨を告げ距離をとる。隣接の薬局から薬剤師さんがフツーの風邪薬をクルマまで持ってきてくれた。

薬剤師:コロナ陽性なので薬は無料です

え?そうなの?これが2類ってことか!?
無料♪ってのに浮かれて帰宅していると病院から着信あり

病院:クスリはタダでも、診察料は払って頂かないと…

あ、そうでした。すっかり忘れてました💦急ぎ病院に戻る。タダに弱い日本人。

帰宅。さて、ここから長丁場が始まるな…
会社にメールする。妖精になりました。

上司からExcelのフォーマットが送られてきた。陽性2日前からの行動と体調をこのフォーマットに記録しておくように。これから10日間ほどそれを継続との指示。へいへい。

同僚には手間を掛けて申し訳ない。ただ、ずっと家にいるので、何かあればメールでも電話でもで問い合わせて欲しい。

さて、自宅2階部屋での本格的な隔離生活が始まった。
会社のPCが2台。自分個人のPCが1台。計3台のPCを持ち込んだ。

いままで大きな事故や怪我、病気を経験したことがなく、入院とか手術とか全く経験が無い。なので「二週間くらい入院して骨休めしたいモンだわ」なんて常々言ってが、まさしくその二週間の骨休め(違うよ!)が爆誕してしまった。

医院で「明日あたり呉市からメールが来ますから」ってのが、SMSで届いたHER-SYSってシステムの利用開始案内だった。

体温/酸素飽和度(SpO2)/表情・顔色/咳・鼻水//息苦しさ/全身倦怠感/嘔気・嘔吐/下痢/意識障害/食事困難/排尿がない/その他保健所への連絡事項
これらを毎日自分で入力して行くシステムだ。入力を督促するSMSは毎朝9時10分頃に届く。

自宅2階部屋に2週間の隔離生活中、トイレが2階にもあるお陰で奥さんとの濃厚接触は避けることが容易だった。食事は部屋の扉の外に置いてくれたのを非接触で受け取る方式。

奥さんが仕事に行ってる間に少しだけ1階に降りることもあったが、それも必要最小限に留める。

近隣の小学校から子どもたちの声が聞こえてくる。
あれだね、時代だね。休憩時間に校庭に出てきた子ども同士の最初の挨拶が『お疲れ!』。子は親を映す鏡とは良くいったもんだわ。

奥さんには本当に手間を掛けたよ。ありがとう。

体調記録を要約した表を以下に…

こんな感じで本当に軽症だった。
軽症で済んだのは、日頃から自転車に乗っていたお陰だと信じたい。うん。

家庭内隔離のお陰もあり、奥さんを妖精に進化させることもなく。毎日が過ぎていく。
毎朝届いてたHER-SYSの登録督促SMSも12月21日を最後に来なくなった。
もう療養期間が終わったってこと?

呉市のサイトには、こう書かれている…
発症日から7日間経過し、かつ、症状軽快後24時間経過した場合には8日目から解除が可能となります。

ふむ。ってことは12月20日にはもう軟禁は終わって良いのか…
誰からも「終わり」の連絡は来ないので、もう終わったのかどうかがわからない。自己判断でえぇんかな? これが迷ったポイント。

12月27日から出社することになったが、この日が職場としての年内最終出勤日と言うね。なので、年末年始休を含めると20日ほどゆっくりさせてもらったわ。

で最後に…
2週間の隔離生活が骨休めになったのか?
って話だが、まぁ骨は休まったかも知れないが、気は休まらんかったね。
部屋から出れないってのがこんなにもストレスフルだとは思わんかった。まぁ、良い経験をさせてもらったと思おう。

その後の後遺症が気になってたんだが、大きくは症状はない。
でも、なんだかしんどい日々が続いた。
そのしんどさってのも、めちゃめちゃしんどいって訳でもなく、なんとなくしんどいんかなぁ~…ちょっと疲れやすくなってる気もするなぁ~…程度。1月いっぱいくらいそんな日々だったように思います。

以上、記憶の糸をたぐり寄せながらコロナ体験を書き綴っておきます。おわり

センテニアル911 動画、もう見てますよね!?

ども。何だかんだバタバタしてます。
いや、忙しくはないんだけど、何だろ…コース開催やらなくなって腑抜けになっちゃった感じ?ちょっとゆっくりさせてもらってます。

さて、昨年のブルベに関して大事なことをご紹介できていませんでした。
9月11日にしまなみ海道で開催した、BRM911尾道・しまなみ・風和里200kmのYoutube動画です。

準備の様子や当日の様子そのものは既に紹介済ですが、この動画に関してはおあずけになってましたね。

今回もAJ広島動画班の半端ない熱の入れ様。撮影はもとより、その編集の凄さ。何十時間掛かったんだろうか。0.5人月は行ってますよね?>動画班

約1時間の動画に収められた、当日の皆さんの様子。何度見ても微笑ましいです。編集で面白おかしく纏まってますね。この動画の中で自分の好きなシーンが幾つかあります。

32分03秒 PC1の風和里を折り返した参加者さんと、そのPC1に今から向かおうとしている参加者さんがスライドする瞬間に違いに手を振り合っているシーン。いいですね。これはコース設計時に意図したところであります。参加者さん同士の触れ合い。これぞお祭り!

40分13秒 苦労して登った亀老山の展望台から来島海峡大橋を眺めてくつろいでいる参加者さん

43分00秒 最後のフォトチェックポイント、耕三寺山門。ここが最後の通過チェックと言うことで一気に気が緩むところだとは想定してました。また、この場所がしまなみ海道サイクリングで有名なグルメ商店街に直近であることも分かってはいました。ただ、グルメに関しては全くアナウンスしてなかったのですが、皆さん事前にしっかりリサーチされてたんでしょう。とっても多くの方がグルメを堪能されてました。これは嬉しい誤算でしたね。

48分40秒 向島から尾道本土側に向かう渡船での夕暮れ景色と皆さんの笑顔。とってもいいですね。 

52分53秒 ゴールコンビニにクローズ時間ギリギリに滑り込んだ初参加ランドヌーズの笑顔(背負ってるバッグには何が入っているんだろうかw

54分19秒 え、お前歩けるんか!?

55分25秒 動画中で最高齢参加者とバラされちゃった方。そしてもうお一方の方も古くからAJ広島ブルベに参加頂いている、ほぼ同年代のお方。この方々の笑顔。たまらんよね。自分も先輩方たちの年齢まで走っていたいと心から思った。

59分07秒 AJ広島スタッフ面々がコミカルに登場し、最後の制作:AJ広島ロゴのデザインがかわいい。

いやぁ~、今回も素晴らしい動画に仕上げてくれました。
レンタルバイクで自ら走りながら撮影すると言う新たなチャレンジ!期待した撮れ高が獲られなかったと残念がっていましたが、撮影協力:松永さんの素材も活かして非の打ち所がない作品に仕上がりましたね。

この動画を通じて、ブルベを走れとは言いませんが、ブルベの理解者がひとりでも多く増えますように。

最後にブリーフィングの文書を掲載しておきます。今後の何かの参考にして頂ければと思います。

BRM1001らんどね北広島200

前記事でも書きましたが、本年度いっぱいでブルベのコース開催担当を卒業する訳でして、自身の最後の開催となる22′ BRM1001らんどね北広島200について書きます。

ご存知ない方のために説明しておきますと、AJ宇都宮さんの開催で「ランドネ北関東」と言う名前のBRMが開催されておりまして、地域と言うか行政さんと何かつながりがあるらしく、普通のBRMではないとか、開催専用の反射ベストが作られるとか何かと話題です(雑な解説スマヌ…)。

その開催名の「ランドネ北」までをパクり、県内には「北広島」と言う地名があるので、らんどね北広島と言うコース名にしたかった。てな次第です。

開催の2週間前に認定試走したんですが、中国山地を駆け巡るだけあって、ほぼ平地なしw。ひたすら登って下ってを繰り返す200キロ。なかなかのヘンタイなルートです。しかも、スタート地点が公共交通機関だけでは到達不可能な場所と言うこともあり、まぁマニアック過ぎるルート。エントリー数も少ないだろうな…と思ってると、15名と言う少人数開催。さもありなん…

そして試走して気が付いたんだけど、当初予定のルートが工事で通行止になっている箇所を発見して急きょルート変更…キツイ…

さて、開催当日。
呉からは高速使って車で1時間半ほどかかるんで3時出発。

北広島の道の駅、舞ロード千代田につくと気温は12度。うえ…寒いな。でも昼間はまだ暑くなるんよね…

屋上に大きな太鼓(の模型)がある道の駅。3週間前にクルマでルート確認ドライブし、2週間前に認定試走し、そして今日は開催と言う短時間に3回来ましたゼ。何かクレw

911で学習したんで、今日は闇夜の準備は怠らずw

徐々に夜が明けるにつれ参加者さんも到着し、こじんまりとしたブリーフィングです。ですがこのこじんまり感、好きなんですよー。自分がいままで開催してきたルートって変なのが多いんで、大概参加人数は少なめなんですよね。

本日のスタッフはこなき&くるぱんの夫婦ペアでやるつもりだったんだけど、広島市内からたけまささんが自走でwスタッフ応援に駆けつけてくれたり、代表の大先生とカワモト撮影隊が来てくれたりして、結局自分はブリーフィングで喋っただけと言う…感謝。
そして参加者の駐車場確保に町役場と交渉してくれた常ちゃんもありがとね。

さて、そんなこんなでスタート時刻の6時になりました。
行ってらっしゃーい!

で15人の参加者の中に、お一方、都内からエントリーされてる方がおられるので、TwitterのDMで「スタート地点、めちゃ辺ぴな場所なんですけど、どうやって来られるおつもりですか?」って尋ねたら「広島市内でレンタカー借りて行きます!」ってお返事。スゲースゲー!そこまでして、このヘンテコなルートを走りに来て頂けるとは感謝しかないです。ありがとうございます。

さて、皆さんの出走を見送った後は、スタッフ恒例の出走後わちゃわちゃタイム。

あれこれ雑談してますと、カワモト撮影隊員がニヤニヤしつつ何か出してきました。

「今までお疲れ様でした」って言いながらニヤニヤしつつ、アーモンドフィッシュの冠と、クッピーラムネで作ったレイを頂いたw
幼稚園のお遊戯会みたいwww

ありがとうございます。スタッフ一同、記念撮影。

この辺りの様子は動画にまとめてくれましたので、見てみて。

カワモト撮影隊長。いつもありがとうございます。今回もオモロイ仕上がりになってますね。これからもAJ広島YouTubeチャンネルを宜しくお願いしますね。
(夜遅くまで編集しちゃダメですよ。健康第一で)

さて、皆さんに感謝を告げ、私らは参加者を追います。
まぁ、道はだいたいこんか感じの所が多かったですね…

そして、ビューポイントは井仁の棚田。
もう稲刈りも終わってましたが、今日もいい天気といい眺めでした。

わちゃわちゃタイムが長すぎたので、なかなかランドヌたちに追いつけませんw

あ、いた!!
頑張ってくださーい!と声を掛けつつ先を急ぎます。

県境。ここから島根県。
実のところ、今回のルートは半分以上は島根県内を走るんよね。

ロードバイクの敵、グルービング舗装の道を行くランドヌ。
のぼりだからまだいいけど、くだりはサイアクよね…

10時20分
通過チェック3、道の駅 サンエイト美都。
ここでもランドヌ発見!
今回のルート上でレアなお食事ポイントなんだけど11時オープンなので、まだ食べれない…

しばらく行くと、浜田市の巨大な標識(看板?)。
島根県道34号。県道だけど、クルマがほとんど通らないこんな山の中に何故にこんなデカいのを…

その後も皆さんに追従しつつしたのですが、このまま最後まで行くと長いので、金城から浜田道に乗ってショートカットで千代田まで戻らさせていただきます。

さて、千代田まで戻ってきたものの、ゴール受付の開設にはまだ早いので、ちょっと観光をw

ふりかけ資料館 楠苑。
赤紫蘇の「ゆかり」で有名な三島食品の資料館?だ。

前から来てみたかったんよねー…
館内に入ると親切なおじさんがあれこれ丁寧に教えてくれる。

展示品の中に懐かしいもの発見!
サラヤのむすび!!
懐かしいねー!!!
コンビニがまだ無かった頃、サラヤのお弁当はドライブの友だったよね。父も生前好んで食べてたわ。懐かしい。三島さんがやってたんだね。

三島さんがやってたと言えば、広島西バイパス沿いにあるミスズガーデンも三島さんなんじゃね。

そして、ふりかけの展示コーナー。
すごいのは自社製品だけでなく、国内各社の製品も展示されているところ!

さて、ゴール受付地点に戻りますか。
最初の戻って来られた方…この方がわざわざ関東から来られた方…ありがとうございます!!

その後、三々五々に皆さん戻って来られまして…

お疲れ様でした~。

お土産として頂いた、東京ひよこを皆さんで頂きながら、しばしゆっくりされてください。

クローズ時刻の午後7時半。
DNFがお一方おられましたが、無事であることを確認しましたのでこれにてBRM1001らんどね北広島は終了しました。

これで自分のすべてのBRM開催は終了です。
本当に皆さまありがとうございました。

最後に、Twitterの方に沢山のメッセージを頂いておりますので、リンクを貼ってご紹介させて頂きます。

AJ広島スタッフ終了

遂にこの記事を書く日が来てしまいました。

2012年3月に初めての200キロブルベを完走し

BRM324岩国200k – 完走

2年後の2014年3月には、初めてスタッフ的なことをやってんな

BRM323広島200k三瓶 – スタッフぅ~お手伝いでした

かれこれ10年ほどブルベを走ってて、そのうち8年ほどスタッフやってきた自分。

潮時が来ました。
AJ広島スタッフを卒業しようと思います。

広島スタッフ内部では1年前に「来年いっぱいでスタッフは卒業します」ってのは伝えていました。

辞める理由?
就業先事業所が来年終わっちゃうから。
それだけ。

終わっちゃった後、自分の身がどこにどうなるのか、全く見通せない状況において、来年以降もコース担当持って、突然辞令が出たらコース開催できないじゃん。そんな無責任なことはできないじゃん。

そんな心持ちで日々を過ごしてると、自身のリソースをブルベスタッフに割り当てる余裕が無く、自分自身の事で精一杯なんよね。なので、実は今年1年がとってもしんどかった。

AJ広島の副代表ってポジションも降り、担当コースの開催ももう持ちません。
ですが、BRMの事務方と言うか裏方ならば全国どこに行ってもできるので、引き続き籍を置いて、事務処理面でのスタッフは継続して行こうと思います。裏方中の裏方ってな寸法です。
AJ広島スタッフのみなさん、ありがとうございました。老害になる前に身を引きますね。

今までスタッフ矢口開催の各コースに参加頂きました皆様、ありがとうございました。皆さまのお陰で充実したブルベスタッフ人生を過ごさせて頂きました。

思い出深いコースが沢山ありました…
足掛け4年で開催した呉舞鶴1000。自分自身は1000kを完走したことが無いのにね…。
Youtubeに動画が残っているAroundHiroshima600。あれはいいルートでした。引き続きスタッフできるなら逆まわりコースをやってみたかった。
前代表氏にサービスコースと揶揄された呉松山200は多くの方に参加頂き通年開催となりましたね。

200と言って思い出すのは2020年の行ってこい、こんぴらさん200
参加人数は少なかったものの、宿で皆さんと過ごした時間はとっても楽しかったです。

自分の引くルートは、
1、なるべく遠くに行かせたい
2、なるべく獲得標高は下げたい(いたずらに山を登らせたりしたくない)
3、なるべくビギナーさんウェルカムにしたい
この3点は常に意識してました。

難易度を上げたルートを攻略したいのでしたらそういった趣向のルートは他に幾らでもありますので、そちらにどうぞ。

私はビギナーウェルカムと言うか、最初の一歩を踏みだすかどうしようか…って悩む人に、先ず最初に広島を走って頂きたい!って思いでやってきました。なので、ブリーフィングで「初ブルベの人!」って聞いて挙がる手の多さが嬉しかったです。

より早く、より強く、より長距離に、より世界に!
そんな方々は放っておいても、どんどん先に行ってくれます。

そうじゃなく、自分はもっとブルベの裾野を広げたいんです。
走る人の年齢層を幅広く。男女関係なく。

そして、自転車に乗らない人にでも「ブルベ」ってのがどんなものなのかを、より多くの人に知って欲しい。そんな思いでマグネットステッカーなんかも作りました。

例えるならトライアスロンです。
やってる人ってそんなに多くないけれど、トライアスロンがどんなスポーツなのかはみんなが知ってるじゃないですか(まぁ、あちらはオリンピック種目ですしね)。
そんな地位にブルベもなって欲しいって思ってやってきました。

沢山のランドヌール・ランドヌーズに出会い、他では得難い素晴らしい経験を沢山させて頂きました。そうじゃない経験も何度かありましたが…。
ですが、全ての経験が自分を成長させてくれたことには間違いないです。
そしてその成長はこの先もまだ続くと思ってました…

ですが自分も単なるサラリーマン。
生きて行くために優先すべきは生活の支えですよね。

これも時代の流れ。
時代の大きなうねりの中で個人にできることなんて何にも無いですよ。
流れに流されるまま…

お陰さまでAJ広島もスタッフが増えています。
自分がオモテから姿を消してもまだ多くのスタッフが来年以降も沢山の面白いルートで皆さんをお待ちしております。
面白そうなルートがあったら、是非また広島に走りに来てやってください。

自分もスタッフから単なる参加者になりますので、どっかの遠征に行ってみたいと思ってます。石見グランフォンド、出雲路センチュリーライドも数年ぶりに出てみたいな。自分のルーツだし。

書けば書くほど思いは尽きませんが、皆さんには本当に感謝しかないです。ありがとうございました。
引き続きAJ広島を贔屓にしてやってください。
スタッフ一同、皆さんのエントリーを心待ちにしておりますので。

終わりははじまり 終わりははじまり

では
AJ広島 スタッフ矢口

追伸:BRM開催前のピリピリしている時、いつもそっと見守ってくれてたくるぱん奥さん。感謝してます。いままでありがとう。

センテニアル911当日編

さて、2週間前に認定試走したBRM911尾道・しまなみ・風和里200ですが、いよいよ開催前日となりました。
911は朝早いので前乗りで尾道入りです。

今回、エントリー数200名と言う過去最大数のご参加頂きましたので、6月の300キロと同様にAJ広島スタッフ総出での対応となります。加えて、くるぱん奥さんも助っ人いり。

そのくるぱん奥さんに明日朝のスタート地点を現説しに行きました。

この時夕方ですが、軽トラの乗ったおっちゃんがやって来て、敷地内のトイレの清掃をやってくれていました。おぉ!さすが尾道市。
スタート地点での段取りを話終え、今日のお宿に行きましょう。

帰りは船で。

クルマを乗船させると言うと、結構なお値段するような気がしますが、ここはクルマと乗客2名で確か230円だったかな。この値段なら橋を通らずに航路で行くのもアリですね。

今日のお宿はurashima INN-GANGIと言う素泊まりのホテル。最近できたようでオシャレなホテル。尾道水道に面しているので、ここからの景色はサイコー。明朝の景色が待ち遠しい。あ、でも朝早いからまだ真っ暗か…

さて、尾道での晩飯はノープランで来てしまったんだが、スタッフ勢の多くがアルファワンに泊まってて、その1階が居酒屋になってる。ってんで、そこで事前ミーティング兼お食事会を。突発です突発。

や、断じて言っておきたいのは、明日の段取り最終打ち合わせにも余念が無かったと言うことはスタッフの名誉の為にも申し添えておきたい。うん。

打ち合わせ事項が全て終わり、明日の意思統一がなされたところで早々に解散。明日も早いんで。

4時起床。
ホテルを飛び出し、向島に向かいます。

向島に渡る尾道大橋で、反射ベスト着用のサイクリスト発見!

たぶん911参加のランドヌでしょう(敢えて断言はしないw)。

有道ふれあいセンターに到着すると既にスタッフ集結済。みんな早いな…
タープテントを建て、テーブルを出し、書類一式を揃えて受付開始。

まだ真っ暗ですな。今回計算が甘く、照明の準備を忘れてた💦
スタッフ総出で受付、車検を実施。

出走15分前からブリーフィング開始。

こなきの足元に謎の青い大きな袋が…w

今回、100周年記念と言うことでメダルはいつもと違い特別なデザインのものになります。実物はコレなんですが、小さくて見えないですよね。なんで、拡大したものがコレになります。

じゃーん!

一同、軽くウケる。
いいよね、ブリーフィングってだいたいつまんないじゃないですか。
なので、こーゆー小ネタを入れて面白おかしいブリーフィング、自分は嫌いじゃないんですが、皆さんはどうです?

スタート5分前。
折角なので、集合写真を撮りましょう。
行くぞ!オーッ!!

いいですね、皆さんノリが良くて。

さて、いよいよ6時の組がスタートです。有道ふれあいセンターを出ると右側に向いて走って行きます。

そしてランドヌール、ランドヌーズを追ってスタートする原付バイク1台。
AJ広島と言えばYouTubeのAJ広島チャンネル

今回のセンテニアル200も動画撮影班、ハンパないチカラの入れ様で、遂に尾道でレンタルバイクを借りて参加者を追う作戦を決行!
初の試みが成功するか否かめっちゃ楽しみ!!!
下の画像では分かりづらいですが、背中に360度撮影のカメラが立っていますよ。

そんな出走者たちを見送るスタッフの片手には自作のうちわ…。
AJ神奈川のツイ名:元気な虫さんが制作しTwitterで流れてた画像を許可頂き、こちらでもパクら制作させて頂きました。ありがとうございます!!

さて、6時組の出走を見送り、暫くすると7時の組のランドヌが到着し始めました。その中に有名な方が…Twitterやってるブルベ民にはすっかり有名なこの方のバイク。

特徴的な水玉模様。
今年の夏に佐多岬から宗谷岬までの日本縦断2600キロ(だったっけ)のギネスレコードに挑戦された方だ!うぉー!自分も直接お会いするのは初めてです。
その節には感動的なライドをネット越しに観戦させて頂きありがとうございました!

さて、7時の組もスタート15分前からブリーフィング開始です。が、先ほどから雨が降ってきてしまいました。

うぅ…この中にシャーマンいるのかよ…雨よあがれ。
そして、今回もデカい記念メダルで笑いを取る…

気になるのは大先生のカメラ目線とこなきの段々腹やな💦

行くぞ!おーっ!!

行ってらっしゃーい!お気をつけて楽しんできてください!

さて、こちらもGoProでの撮影任務がありますので、クルマでルートを追って行きます。

途中のコンビニで補給している人を見つけたので、駆け寄り動画撮影。
この方、関東方面より来られてて、暑くなってきたので、ハイドレーションに氷をぶち込んでおられました。

そうこうしていると、参加者さんどんどん走ってこられます。
6時スタートの方なのか、7時スタートの方か判別不能!

行ってらっしゃーい!いいエヅラじゃね。

さてと…2週間前の試走時に食べ損ねた伯方の塩ソフトを食べるぜ!

その後、四国本土に渡ってからパンクの神降臨してる方を見かけたので動画ネタ拾いで声かける。ブルベルールで、スタッフによる支援はPC以外では出来ないので、あくまでパンク修理のお手伝いはせず、お声がけだけ…きっと邪魔だったと思います。スンマセン…

その最中も次々と走り抜けて行くランドヌたち。頑張ってくださーい!

このまま折り返し地点である、道の駅風和里まで行くとちょっと時間的にタイトな気がしたので、そこまでは行かず折り返すことにした。

折り返して亀老山。

山頂展望台に、どっかで見たことのある二人組の姿があった。
ハーイご機嫌いかが?
山口組の二人はいつも仲がいい。

彼らと合流し、しばし亀老山に滞在。
景色は…う〜ん、イマイチやなぁ…

一応、記念ショットでも撮っておきますか。

山頂にいても仕方ないので、ちょっと下った所にあるクルマを停めやすい場所に移動して来て、ランドヌたちを待ち構える作戦に変更。

登ってく来る…下って行く…

「日本縦断よりも楽でしょ?」
「いや、この登りキツイっス!」
いやいや、それはないやろw

ここの待機ポイントでは多くのランドヌに遭遇し応援できて良かったです。

さて、山口組の二人を亀老山に残して、こちらは耕三寺のフォトチェックポイントに先に移動。

ここでも多くのランドヌに遭遇できました。

行ってらっしゃーい!

ここ耕三寺フォトチェックの近くには商店街があり、しまなみを走る自転車乗りたちがこぞって押し寄せては地元グルメに舌鼓を打つ有名な店がある。

こちらはそのことは伝えてはいなかったんだが、皆さん事前リサーチには余念ないようで、多くの方がちょっと寄り道して美味しいもの食べてましたね。うんうん。これもブルベの楽しみですよね。

耕三寺を出ると、あとは尾道ゴールを目指すのみ。
向島からフェリーに乗って、着いた先にあるセブンイレブン尾道土堂店がゴール。ここで買い物して入手したレシートの時刻がゴール時間である。

ゴール後の受付場所は、古民家・会雩(あっこ)さん。

土堂のセブンから700mほど走ってきてもらうようになるが、こちらも探しに探してようやく出会えた素敵なゴール待機場所。

古民家のゲストハウスと言うことだが、なぜかCOLNAGOを扱うサイクルショップ的な店構え(?)である。

なんだかハイエンドは機材が所狭しと並んでて、目の保養には素晴らしいお宿です。

オーナーさんの趣味らしいが、その数がハンパなくて、いやはや自転車談義は何時間あっても尽きそうにないです。

この古民家はその昔は新聞社だったらしい建物で、土間は奥まで細長く続いており、ゴールしてきたランドヌたちたが続々と列を成してる。

ゴール受付処理を一生懸命やってるんだけど、出走人数が多いのに受付がひとりだけだったのが敗因ですね。申し訳ない💦次回からはゴール受付も二人体制でやります!

ゴール到着ラッシュが過ぎ、すべての走者到着を待つことしばし…

認定制限時間ぴったり!でゴールされる方あり、惜しくも時間に間に合わなかった方もあり…ともあれ、大きな事故もなく全員の所在が確認できましたのでこの場は解散です。古民家・会雩(あっこ)さん、長時間の利用ありがとうございました。

さて、明日は月曜なので、仕事休めないスタッフは急いで帰路につきましたが、明日も休めるスタッフはもう一泊するので軽く打ち上げときます。

お疲れっす!

昨年延期開催となったアニバーサリーBRM911。
エントリー:200名
出走:127名
完走:126名
認定外完走:1名

と言うリザルトで終えることができました。
AJ広島始まって以来の最大人数でのBRM開催、何とか終えることができました。参加頂きました皆さん、お疲れ様でした。
スタッフの皆さん、開催にご協力・ご尽力頂きました方々もありがとうございました。

今年のセンテニアル(100周年記念)ブルべは200kと300kが開催されました。来年は400kの記念ブルべが開催予定です。一説には600よりキツい…とも言われる400k。どんな記念BRMになることやら。

日々鍛錬ですゼ、ランドヌール、ランドヌーズ各位!

センテニアル911試走編

BRM911尾道・しまなみ・風和里200キロ
この開催名は一生忘れることがないだろう。

100年前の1921年9月11日
この日、フランスで世界初の200キロブルべが開催された。

それを記念して、世界各国のブルべ開催団体が2021年の9月11日に同じ200キロを走るブルべを開催して祝おう!
って予定だったんだが、コロナで開催延期。

そのことは以前のブログ記事に詳しい

21年開催の時、大変だったのはスタート、ゴールの集合場所を確保すること。
最大200人が集まる場所を確保するのは、なかなかに困難だった。

そして今年…尾道では9月11日なにがしかの大型イベントが開催されるらしく、昨年使う予定にしていた施設に片っ端から断られてしまった💦

マジすか。200人が尾道に集うんやで。観光効果とかカネを落として行くとか匂わせたがさすが相手は行政だ。こちらとら素人の言うことは、全く攻撃力を持たない。グヌヌ…

仕方ない。こうなったら地縁血縁作戦だ。
尾道にお住まいのランドヌに直訴して、何とか200人が集まれる場所を使える約束を取り付けてもらった(感謝しかない)。すぎちゃんありがと。

それが今年のスタート地点、有道ふれあいセンター。

いわゆる廃校跡だ。
場所は向島。本土の尾道駅界隈からは船か橋で渡った先と言う、ちょっと微妙な場所。しかしもうここしか無かったんよ。みんなゴメン!

渡船の始発が6時。スタート時刻は6時の組と7時の組があるので、6時組の人は橋(約8キロ)を自走して来てもらわなきゃならない。
ん~…本当に申し訳ない。でも、こうしか出来んかったんよ、ホントごめん!

ってことで、8月末に認定試走に行ってきた。
この日の試走はスタッフ3名。福ちゃん、常ちゃん、こなきの3名が30分づつ時間をずらしてスタートした。

逃げの常ちゃん。追うこなき。

そして、爆速の福ちゃんがしんがりスタート。
おーっと!福ちゃんまさかの反射ベスト忘れでワークマン7時開店待ちで購入とな💦

聖地までは逃げ切ったが、案の定追いつかれる鈍足こなき爺。

そしてスグに置いてけぼりになると言うねw
風和里に向かう途中、逃げの常ちゃんとスライド。

折り返し地点の道の駅・風和里では屋台メニューで腹を満たす。

ブルべ中の喰いモンには執着ないんで、こんなジャンキーなんで十分なんっすよね。

その後、今日は背後からの電アシBBA襲撃受けずに亀老山へ。

山頂の展望台に行きたかったが、観光客多いんで下の展望台で記念撮影。

ええ天気やね。来島海峡大橋もキレイに見える。
911当日もこんなエェ天気であって欲しい。

亀老山から降りて、伯方の塩ソフトを…

え、閉まっとるじゃん。
貼り紙してあって、従業員がコロナで…あぁ…
海水浴で来ているオネェサンも「えーッ、すっかり塩ソフトのクチで来たのにぃ~」と落胆。ダイジョウブ。すっかり塩ソフトのクチで来たのは君だけじゃないからw

ま、コーラでクチを濁してさっさと行きますよ。

16時ちかくになっちまったんで、もう売り切れてんだろーなー…
と、思いつつ瀬戸田のバーガー・ゴロッケンさんに。2度目の訪問です。

幸いなことに、バーガーまだ残ってた良かった。
ウハウハ食べてたら地元のおっちゃん来て、地元のあーだのこーだの話に巻き込まれちまって小一時間話し込んでしまった。まぁ、面白かったからヨシッ!

ゴロッケンのマスター、今日もありがとうございました。また来ますね。
で、近くの耕三寺山門前にてPhoto。

すっかり遅くなっちゃったねぇ…でも、その方がしまなみの美しい景色を拝むことが出来ていいよ。

渡船に乗ったのは18時40分。

甲板から本土側を見ると、こちらに向いて手を振る人3名。ん?
福ちゃん、常ちゃん、そしてわざわざ大先生も来てくれてた。相変わらず律儀やなぁ…

ゴールコンビニで缶コーヒ4本買ってきて、土堂の桟橋で乾杯だ!

これにて認定試走終了終了。
コインシャワーでさっぱりして近くのココイチに駆け込む。

以上が8月28日の試走の様子。
次編は開催の様子をお伝えできるかな。

BRM903出雲鞆の浦400

AJ広島22年開催ルート、903出雲鞆の浦400
出雲市内をスタートし、三次を経て三原。海沿いを走って鞆の浦観光し、福山で晩飯食って、奥出雲のおろちループをぐるぐる回って出雲大社に戻るオーバーナイトの400キロ。下の図で言うと反時計回り。
まぁ、フツーの人に言わせれば今回もアタオカ案件だw

今回のルートは昨年春頃に、出雲から参加してくれているランドヌさんに「山陰発着の400キロルート案を出してみてもらえませんかね」ってお願いをし、2つのルート案を頂いた内のひとつのルート。微細な部分は手直ししていますが、ほぼ原形を留めたルートです。

これ見た瞬間に「あぁ…福山から神石高原に上るR182はタヒ人が出るな…」と思った。

で、開催が9月3日なので試走行かなきゃだけど、1年延期になっているセンテニアル911も近付いてて忙しく、試走はどうしてもお盆期間中になってしまう。ってことで、お盆期間中に完走認定のない試走に行ってきた。

前泊・後泊で選んだホテルはJR西出雲駅隣接のホテルサンヌーベ。

素泊まり2泊で部屋もシンプルだが、この期間中に現地で現金支払いすると、出雲ナントカ割のキャンペーンで宿泊料金が半額!加えて1000円のお土産券も貰えると言うオイシイ話で実質一泊2000円で泊まれ、駐車場は無料と言う申し分なさ。

チェックイン時にホテルの人に「明日の朝は3時に外出し、その日の夜は帰らない。帰ってくるのは翌日の朝7時とか9時。レイトチェックアウトが12時までなので、それまでは居させて(お願い)。駐車場に停めてるクルマのナンバーはxx-xx。自分の連絡先は090-xxxx-xxxx」とのメモ書きを渡しておいた。イレギュラーな宿泊をする者のマナーよね。

8月12日早朝
ホテルの駐車場でバイクを組み立て、スタート地点であるくにびき夕日公園に向かう。

後を追うように、ひとりのサイクリストがやってきた。

え、常連のランドヌさんじゃないっすか。え、広島市内の方ですよね。なんでここに…実家がこちらで帰省中でしたか。わざわざのお見送り頂きありががとうございます。

定刻通り6時に出発。
空の雲はちょっと厚めっぽいですが、山陰ですから降ってなければ晴れ。久しぶりの400キロ行きましょうぞ。

右手を見るとThe日本海。水平線が広がっている。

ここら辺りに多い風力発電も今日はグルグル勢い良く回ってますな。その風が自分にとって追い風でありますように。

R9に出てスグに工事片側通行。

今回のルート中、片側交互通行のカ所は多かったね。景気対策の公共工事が多いんだろうか。

クルマの多いR9を避け裏道に。レトロ感ある波根駅前。

ここで変わったデザインの列車が停まっていた。
後で調べたところ、石見神楽列車と言うデザインらしい。
石見神楽は石見グランフォンドのスタート地点で演舞されていたよな…。

ほどなくしてビューポイント。掛戸松島と言うらしい、いかにも日本海って感じの荒々しい岩場。急ぐ旅ではあるが、こうやってあちこち見たものに気軽に寄れるのが自転車旅の良いところよね。

この辺り、久手。
そう、石見グランフォンドのスタート地点よね。懐かしい。
ブルべに没中して以降、すっかりご無沙汰してしまっているが、毎年「今年は石見GF出れるかなぁ~…」とは思っている。来年こそは出たいぞ!

海沿いを離れ、いよいよ中国山地越えを目指す。

途中、見覚えのある景色が。
2016年の正月に、この奥にある会館に来たんだったな…

そんなこんなで見覚えのある景色を眺めつつ、これまた見覚えのあるコンビニに到着。
通過チェック1のローソン・ポプラ美郷町粕渕店。

過去開催で通過チェックに使ったこともあるし、島根の自転車イベントで訪れたことも多数。真っ赤なポプラは青いローソン・ポプラになっちゃったけれど粕渕は思い出深いね。

そして、本日のこなき。
猛暑を予想してカステリのヒルクライムジャージを選択。薄手なんで汗抜けが良くてほぼ水着。オッサンの無駄に目立つビーチクは反射ベストで隠すのが常套手段だ。

もう何度も走ってるR375も久しぶりだ。
浜原のダム湖も懐かしい。

そして県境を越える両国トンネル。
「みんな大好き、寒風山トンネル」は延長5キロ、
しまなみ海道の来島海峡大橋は4キロ、
ここの両国トンネルは3キロ。
長いのは構わないんだが、後方から迫り来るクルマの恐怖が半端ないので、どうして歩道を作らなかったのかと担当の役人を問い詰めたい。

時節柄、蓮の花も見頃です。

R375を順当に走り、三次のTBCさん前に到着。
先日お邪魔したばかりなので、今日はスルーさせて頂きます。
当日もし参加者でメカトラになった人がいたら面倒見てやってください。ってLINEでお願いさせて頂いてます。はい。

そしてPC1のセブンイレブン・三次マツダテストコース前店到着。
ちょっとこの店名に惹かれてここをPCに選択しました。

この後、三原のPC2まで画像を全く撮ってないんだが、そんな余裕ゼロ。とにかくの猛暑。暑くて暑くて、自販機を見るたびに止まって水やジュースを買う。塩分は岩塩を豚のタレビンに入れて来てるので、それを食べつつ…
PC1~PC2が70キロなんだが、4時間も掛かってしまう鈍行ぶり。いかに停車が多かったかを物語る。

三原に降りてからは久しぶりの平地走行。
遠く、しまなみ海道の橋たちも見えてます。

そして(一応の)目的地である、鞆の浦の常夜燈に到着。
時刻は18時ちょい過ぎ、ここまで210キロ。
明るいうちに来たかったので目的達成。

ここの常夜燈も何度も訪れているが、前回と違った点がひとつ。

えー、いつから乗り入れ禁止なったん。
乗り入れ禁止なら「押し歩き」で入るんはOKなんよね?
って、小学生くらいの発想でいいかな???
だって、どうみても行政や自治会さんが出してるものじゃないでしょ。

鞆の浦を出て、芦田川沿いを遡上し、福山の市街地を抜ける。

西の空は夜がそこまで来ていることを告げていた。

そして、この先は画像なし。
神辺のセブンイレブンで軽く補給食を摂り、いよいよ「あぁ…福山から神石高原に上るR.182はタヒ人が出るな…」の坂道に挑む。タヒなないようにしよッ♪

案の定、ここの登坂はハンパない。
キツくて長い。
クルマが少ないのが唯一の救いだ。
あ、あと雨じゃないのも救い。

終わらない坂道はない

と、誰かが言ったとか言わなかったとか…

道の駅さんわ182ステーションにあるローソンは21時クローズ。到着したのは22時をまわっていた。おーまいがッ!!

R.182の上の方は過去の悪夢が蘇る。
2013の300キロでの極寒地獄だ。あの時は本当にヤバかった。あれ以降、寒いのは怖くなっちまったんだよね。

282キロ地点、PC3東城のローソンでレシート打刻は23時54分。
腹は減ってないと言うか食えないので、カップ麺だけ食べとく。

ここから先はR.314をダダ走る。
今日は鹿の出現が無いな。珍しい。

奥出雲のおろちループをグルグルまわって、コイツに挨拶したのが午前3時20分。ここまで寝てない&眠くない。

通過チェック3の出雲横田のファミマが3時51分。

この後、眠さが襲ってきたのでブルべ界隈で帝国ホテルと呼ばれているバス停で30分ほど仮眠…していたが、降り始めた雨がトタン屋根を叩く音で目が覚めた。

雨か
十分に想定内ではあるし、夏の雨なので怖さはない。ガーミンの温度計は23度だがやはり降られると肌寒かったわ。

5時頃に立ち寄った道の駅おろちの里でも30分仮眠。目覚めると夜は明けていた。さぁて、残すところ50キロほどだ。
雨も上がった出雲路を大社目指して快走!

夏の終わりの早朝。たくさんのヒマワリ🌻たちも心なしか声静かにこちらを見ているようでした。

383キロ地点、最後のフォトチェック。平田新田のバス停。6時49分。
単なるバス停がフォトチェックかよ!とランドヌから突っ込みが来そうですが、ここら界隈で目ぼしいランドマークが無いんよね💦

その後のウィニングランを経て、7時43分、ゴールコンビニであるJAいずも大社東店に到着。

コーラだけ買って、とっとと退散。
ガーミンに打ち込んでたホテルサンヌーベまでのルートを引っ張り出し、退路スタート。

8時頃ホテル駐車場到着→チャリをクルマに放り込む→部屋へと戻る→風呂→目覚ましセット→ベッドダイブ。
12時前にチェックアウトし、腹が減ったので近くのラーメン屋に突撃。
こんな時ほど、後ろめたさのないラーメン暴食はないよね。

貰った1000円の土産物券を消費すべく自宅への土産を買い帰宅。
いや、いい試走でした。このルートはきっと多くのランドヌに喜んで頂けること間違いなし。

と、ここまでが試走レポート。
ここからは9月3日の開催当日のレポート。

えぇ、中2週間でまた出雲に2泊しましたよ。
そろそろ島根県から感謝状が届く頃だと思いますw

9月3日は朝から小雨。
15名のエントリーに対して、ここに集ったのは7名。
おぃ!コース立案者が来てないのは何故なんだwww

そして、上の画像に写ってるランドヌーズ。AJ広島の常連さん。
5月の呉舞鶴1000キロも完走している実力者。もちろん走力・メンタルもそこら辺の野郎共には負けてない!素晴らしい戦績と逸話を数多くお持ちですが、ちょっとここでは書けない。ご本人の名誉のため…今日もきっと…

少人数なので、車検もブリーフィングもあっと言う間に終わり、定刻通りに皆さん出走されます。雨の中…

えー、皆さんが行ってしまえば自分は明日の早朝まで何もすることがありません。出雲界隈で丸1日時間を潰すしかないです。

あ、松江で行ってみたいところがあったよな…
ここ。

知らない人が見たら、何じゃコレってなる古い屋根。
両サイドの民家に支えられてるだけの古い屋根。

これは、松江にある人参方役所跡。この史跡については、こちらが詳しい。
その史跡の近くにあった天満宮の境内にたこ焼き屋があった。

この天満宮やたこ焼き屋については事前知識は全くなかったのだが、地元では古くから愛されているんだと友人から聞いた。ふむふむ。

その後も時間を持て余したので、カラコロ広場にあるピンクの丸ポストを拝みに。

そんなこんなでやっと昼間をやり過ごし…
晩飯は何年か振りにかつふじさん所で味噌カツ。店長さん忙しそうだったのでお声がけせず…ごちそうさまでした。

夜は平田にあるビジホに投宿し、午前3時にチェックアウト。
ゴール受付地点にしていた稲佐の浜に到着。

うーん…まだ真っ暗ですね。
しかし…と言うか当然と言うか…真っ暗闇の中を真っ先に到着したのか件のランドヌーズでした。恐るべし。

神話の浜も明るくなるにつれ、皆さん順次ゴール。
ガーミンが水没された方がお一方福山でDNFされてましたが、残る6名のランドヌは無事完走。今回も怪我無く終えることができたのも出雲の神々の御力でしょうか。

開催終了後、稲佐の浜の近くにある屏風岩ってのを訪れてみました。

何てことのない、裏山の岩。に見える岩。
これが神話のワンシーンに登場しているのがここ出雲の素晴らしいところよね。

屛風岩を拝み終えたので、帰りましょう。
今回のBRMも皆さんのお陰と出雲の神々のお陰で無事に終了することができました。

山陰発着のBRM開催に拘るのは、やはり山陰からもランドヌが生まれて欲しいから。願わくばAJ島根とかが生まれて欲しいところだが、そのためには山陰地方のランドヌを増やさなければ。そんな想いで数年前から山陰開催に拘ってます。はい。

さて、次はいよいよ昨年から延期となっているブルべ誕生100周年記念のしまなみ海道往復200キロブルべ。AJ広島としては過去最大募集人数200人の大型イベントです。こちらも仕込がめっちゃ大変だったので、その様子は次のブログ記事にて。

611は300キロ センテニアル

2022/6/11は300キロ センテニアルCENTENAIRE

ブルベと言う長距離サイクリングイベントの発祥はフランス。
そのフランスで100年前に(もちろん、当時の自転車で!)走り抜けた人たちがいたと想うとムネアツ…

過去記事にも書いたが、本当なら昨年の9月11日が世界初の200キロサイクリングから100周年目の記念日だった。
それに合わせて国内もとより各国で100周年(センテニアル)記念ブルベが開催される予定だったが、コロナで…

そして今年は世界初の300キロブルベ開催されて100周年にあたる。
それが6月11日だった。

AJ広島でも611に300キロBRMを開催したんっすよ。
その日の様子は、動画班が素晴らしい動画に仕上げてくれたので、こちら見てみて。1時間の長編大作!

この中で自分が一番好きなシーンは4:35からのコース紹介の部分。新たにナレーションソフトを導入してのナレーション。Blenderを使っての動きのあるアニメーションシーン。そしてその最後にはAJ広島ロゴの自転車乗りが勢いよく走り出しちゃう!

このシーンだけでも膨大な時間をかけて制作している訳で。AJ広島動画班K本氏。奥さん大事にしろよ👍

自分は今回もカメラ帯同の運転手ですよ。
何年か前の四国1000キロとおんなじ構図。

車中での雑談も上手いこと録音してて、こーやってネタで使われると言うねw
しかし、この人が言った「昔のオタクのおじさんの集まりみたいだった」論ですが、ホント変わりましたよ。

昔は「600キロBRMの時にホテルに入るのは邪道」みたいなところあったじゃん。行き当たりばったりで路傍の囲われたバス停でちょっとだけ寝るみたいなんが本当のランドヌよ!的な。
でも今はルート設計者側も300~350キロでビジホのありそうな都市部をわざと通るようにルート設計してますしね。

また、オールナイトで走って居眠り運転して田んぼに突っ込んだ(笑)みたいな武勇伝や、台風の中走って大変だった論、なんてのも幾つもありましたが、流石にそれは現在ではアホ呼ばわりじゃないですか。

それを弱体化しちゃったとか、昔は良かったとか言うようなのは、自分から言わせてもらえば、それは

老害

以外、何物でもないですよ。

あの頃のままのスタイルで現在でも開催しているとしたら、どんなブルべになってただろう。こんなにも年齢層も問わず、性別も問わず多くのランドネが自らの自己満足のためだけに数百キロを走るようなブルべには発展していなかったんじゃないだろうか。

自分も歳も歳なんで、あの頃は良かった論の考え方の一端はわかるよ。
でもね、今のこのスタイルになったからこそ、ここまで盛り上がって来てるんじゃないですか。

誤解を招く言い方かもですが、「こんな子が夜通しブルべ走るんだ!」みたいな女子ですら沢山走ってるじゃないですか。大学生が「ハタチになるの待ってたんです!」ってワクワクした顔で受付に来てくれる訳じゃないですか。

もうね、おじさんからすれば嬉しい以外の何物でもないんですよ。
ブルべの未来は明るいぞ!って。
(補足しとくとブルべを国内に持ち込んだのは、あの女性です)

沢山の色んな方が参加してくれるからこそ、ここまで盛り上がってきたんじゃないですか。何事も時代に合わせて変わって行かなきゃ未来は無いんですよ。

オタクのおじさんは過去の栄光はそっと胸にしまって、未来を生きましょうぞ。

さて、そんなこんなで延期になっている911の200キロ、アニバーサリーブルべですが今年は9月11日にしまなみ海道で開催できそうです。
スタート地点、ゴール受付地点の確保がマジで死ぬほど大変でしたが、何とか開催できそうです。6時スタート100名、7時スタート100名の計200名がしまなみ海道を駆け巡ります。

天気良ければいいですね。
亀老山からの来島海峡大橋がキレイに眺められたらいいですね。

そして911も動画撮影班はめっちゃ仕込みしてます。
911に出られる方はトークのスキルを向上させて臨んでくださいね。

では9月11日に向島でお会いしましょう!

BRM501呉舞鶴1000k開催〜当日編

BRM501呉舞鶴1000k ~ 準備編からのつづき

そしていよいよ、2022年5月1日
コロナ禍も幾分は沈静化してきたこの時期、待ちに待ったこの時。

3時起床。
今回のスタート地点は呉市民広場。ジモティには練兵って言う方が通りがいいな。

5時受付開始。
受付事務はくるぱん奥さん全面協力。Thanks.

県内の方、遠方から参加頂いた方、常連さん、初めましての方。
皆さん、ありがとうございます。

今回、エントリー35名、うち女性4名。
DNSは7名なので出走28名ね。

5時半
ブリーフィングは手短に。
キューシートに書いてることは繰り返さないし、時間かけてごちゃごちゃ言っても100キロも走る頃には中盤以降の注意点なんて忘れてるよね(自分はそうですw)。

ただひとつ。重要な連絡事項があります。
公開済の情報から大きく変更する箇所があります。

(ここで一気に静寂が訪れたブリーフィング会場内w)

ゴールはウチ(こなき自宅)近所のファミマで買い物してレシートGetするのがキューシート指示だったけど、諸般の事情でそれやめちゃいます。

ゴール地点は
こなき自宅に変更しました!

(ここで一気にどよめくブリーフィング会場内w)

元より自宅をゴール受付地点にするよう考えていたから、距離的にはそんなに大きく変更は無いんだけど、場所がちょっと分かりにくいので簡単なMAPも配ったしQRコードで地図も示した。

1000キロブルベのゴール待機ともなると、めちゃ長時間の待機となることは明らか。ナチュラルに早い人と、ギリギリ隊員の差たるや…。
公共施設なんてのは夜間は締め出されるし…。
だったら、自宅なら誰にも遠慮いらないし、待ってるこちらも普段通りだから楽だし。これなら全員がWin-Winの関係じゃね?

国内初!スタッフ自宅がBRMゴール!!(AJ広島調べ)

告知も終わり、Q&Aも少なめで。よし。
スタートまでのちょっとの時間、参加者同士しばしご歓談ください。

↑わかりますわかります。Myコマ図。
フォークにはルート後半分がスタンバってますね。

さて、そんなこんなで皆さん準備完了!
1000キロ75時間の旅、楽しんできてください。
行くぞ、おおおぉぉぉー----!!!!!

6時出走。
いってらっしゃーい、お気をつけて~
いってらっしゃーい、お気をつけて~
楽しんで来てくださぁ〜い♪

おっと、ここで勇者発見!

この方、AJ広島ブルベ常連さん。
いつも軽装備過ぎてこちらが心配になるくらいwなんですが、1,000キロでもバッグひとつ持ってない。聞くと…

いや、いつもよりモバイルバッテリー1個多く持ってますキリッ!

さ、さすがです💦💦💦
国内では近畿のOCAIさんがこのスタイルの走者で有名ですが、広島にもおられました。これらの方々…なんて言えばいいのか…自転車乗りとしてと言う以前に、人として根っこの部分から何かが違う気がします。
恐らくそれは私のような凡人が努力して到達できるものではなく、一方彼らにしてみれば、これが普通なんだろうと思います。
いやはや、言葉もないです。

さてさて、参加者のドロップバッグを預かり、全員を見送ればこちらは時間的は余裕です。今夜20時にクルマで舞鶴の古民家に行けば良い訳で、走者ルートをトレースする必要は無いでから。

あ、PCにさせて頂いている焼肉屋さん・米子の喜多八てんちょーさんから画像が送られてきました。

うを!
自腹による補給ジェリーの振る舞い!!
ありがとうございます。ありがとうございます。ありがとうございます。
そのエナジー補給でDNFを免れた者が数名は居たと察します。
感謝以外の何物でもないです。

多くの参加者はお店で定食か肉か食いましたでしょうか?
Win-Winの関係を築けたでしょうか?

一方その頃、こちらは…

高速使って最短ルートで舞鶴に向かってますが、何せゴールデンウイーク。
お約束の渋滞気味で焦る焦る。

結構ギリギリ気味で舞鶴に到着💦舞鶴・古民家の宿 宰嘉庵さん。
スタッフのH様にチェックインと使用上の手引きをレクチャー頂き準備開始。

えぇ感じの建物でっしゃろ?
往時はタバコ屋さんだったと言う歴史ある建物。

土間が広くて多くの自転車を屋内に入れることができると感じたので、第一印象で決めてました。

5月ゴールデンウイークとは言え、夜は冷えるのでコタツを準備してくれていました。感謝。

奥の部屋には布団の準備も…

参加人数分のタオルやアメニティも。何もかもありがとうございます。
ドロップバッグポイントとしては秀逸過ぎます。

さて、ここからはランドヌの到着をひとり待ちます。
ここの通過時間は5月2日の0:18オープンでクローズ時刻は同日の21:00。

しかし幾らなんでも585キロを24時間で走ってくるランドヌもいません。
よって今夜はは夜通し待っても誰も来ません。
管理人のH様が時々顔を出してくれて恐縮しきりです…

ヒマが過ぎるので、前々から見たかった映画を見ましょう。

アカデミー賞受賞で有名になった、ドライブ・マイ・カー
広島ロケで見慣れた市内の風景や、とびしま海道や御手洗(みたらい)なんかも出てきて嬉しい。3時間の大作を見るにはちょうど良い時間だわ。

映画を見つつ…夜が明け…朝になっても誰も来ません(まだ早いよ)。
外に出て丹後半島方面を眺めると朝霧が立ち込めてます。

お昼頃になりまして最初のランドヌ到着。超軽装備の彼です。寝てないと…500キロ以上を寝ずに…奥座敷で少し寝て再スタートして行きました。スゴっ!!

そして夕方には…かのランドヌーズ到着。

この方…AJ広島スタッフ内では有名な方。
多くの伝説をお持ちで、走力もメンタルも強靭過ぎるお母さん。

人は見かけによらない

とは、この方のためにある言葉である。

で、宰嘉庵さんの前で眺めていると、前を通り過ぎて行くランドヌール数名。

『頑張ってくださーぁい!』

って声かけて手を振ると、怪訝な顔してスルーされる。なんでじゃ?
君ら、一旦は舞鶴の港まで行って、コンビニのレシートを手に入れたらここに戻ってくるんやで。
場所教えちょるのに、なんでスルーなん?

って思ったが、後で知ったんだが、同日にここを走る別のランドヌがいたんだ!

ランドヌ東京さん開催のRM2700。文字通り日本縦断だ!

2700キロよ、2700キロ!
鹿児島・桜島を出発し、北海道・宗谷岬を目指す324時間のサイクリング!!
いや、凄いわ。ケツ皮のスペアを何枚持ってたらいいんですかね?

それを事前に知ってたら、手を振る際の掛け声も「2700キロ、頑張ってくださあーい!」って言えたのに…

そして、夜が遅くになるにつれ到着される方が増えてきた。

広い土間が自転車で埋め尽くされて行きます。
キューシートにチェック時間を記入し、お風呂の場所をご案内し、仮眠される方には布団を敷き、寒いと言われる方にはコタツinをご案内。

到着された方の話を聞くに、昨夜は3℃とかめちゃめちゃ冷えたとのこと。
ですよね~。こちら室内に居ても寒かったですから。

そして、今回のルート最大(過去自分比)のビューポイントである天橋立は

夜だしぃ雨降ってたしぃ砂地だからぁ
単なるグラベル区間でした

とのこと。
マジすか…せっかくの日本三景も単なるグラベルだったか…惜しまれる。

ここの宿で寝ずに、舞鶴市内でホテル取ってるって方は早々に再出発されますね。後半戦も行ってらっしゃい、お気をつけて。

ひとり見送り、すぐに次の方が到着…を繰り返す。
遂にバイクが土間に入りきらなくなったので軒先に停めて頂く。

いい感じのショップみたいじゃね。

この頃、2階の2部屋と奥の離れでは10名ほどが熟睡してました。
ただ、次のPCが100キロ先にあり、そこのCLOSEがam5時なので、そんなにゆっくりもしてられません。皆さん、日が変わる前に再出発されて行きました。

そして、ここのCLOSE時刻である21時を過ぎて到着される方も数名。お疲れ様でした。キツかったですね。

この宿のチェックアウトは明日の正午なので、もし良かったら朝まで過ごされても良いですよ。

日が変わって5月3日午前1時。
ここで朝まで過ごすランドヌ数名を残して、ドロップバッグ車は宰嘉庵を出発します。最短ルートをカーナビに案内させてゴール地点であるこなき自宅に戻ります。

途中、仮眠をしつつ8時頃に自宅についたかな。
DNFされた方のドロップバッグをヤマトのセンターに持ち込んで、午後からゴール待機開始。

映えるよう、リビングの片隅にはこのようなお立ち台も用意しました。

実際こんな感じですねw

インスタに上げて頂いたでしょうか?>各位

次々とゴールしてきます。

一応wプライバシーに配慮し、畳敷に雑魚寝で気絶している様子は撮りませんでした。人権あるブルベ開催を目指すAJ広島ですから。

そして正午頃。
皆さんそれぞれのお家に帰って行かれました。

やぁ、4年越しの呉舞鶴1000kがやっと完遂できました。
ここまで長かったぁ〜…沢山の色んなものがスッキリと流れ行った気がします。

参加頂きましたランドヌール・ランドヌーズ各位、大変お疲れさまでした。
思い出の1ページに刻んで頂けましたでしょうか。

そして今回の開催に多大なる尽力を頂いた、くるぱん奥さんにも謝辞をお送りしておきます。ありがとうございました、お蔭で4年越しの開催を無事に終えることができました。
奥さんサイドから見た開催風景はこちらに詳しいので見てやってください。

皆さん、お疲れ様でした。